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行敏訴状御会通・第四章 爾前妄語への論難に答える

           行敏訴状御会通

       第四章 爾前妄語への論難に答える

本文(一八〇㌻一二行~一八〇㌻一五行)
 又云く所謂法華前説の諸経は皆是れ妄語なりと云云此(これ)又日蓮が私の言に非ず、無量義経に云く未だ真実を顕さず未顕真実とは妄語の異名なり。
 法華経第二に云く寧(むし)ろ虚妄有りや不(いな)なり云云、第六に云く此の良医(ろうい)虚妄の罪を説くや不や云云、涅槃経に云く如来虚妄の言無しと雖(いえど)も若(も)し衆生虚妄の説に因ると知れば云云、天台云く則ち為(これ)如来綺語(きご)の語云云、四十余年の経経を妄語と称すること又日蓮が私の言に非ず。

通解
 また、訴状には「(日蓮は)いわゆる法華以前に説かれた諸経は、皆これ妄語である(と言っている)」とある。
 これについていえば、これもまた、日蓮の私言ではない。無量義経には「未だ真実を顕していない」とある。未顕真実とは妄語の異名である。
 法華経第二の巻・譬喩品第三には「むしろ虚妄があるか不(いな)か」とある。法華経第六の巻、如来寿量品第十六には「よくこの良医の虚妄の罪を説くことがあるか不か」とある。
 涅槃経には「如来には虚妄の言葉はないけれども、もし衆生が虚妄の説によって、法の利益を得られることを知れば、(衆生の機根の宜しきに随って、方便のためにこれを説く)」とある。天台大師は「(法華経以外の諸経は)すなわち仏の綺語の説である」と言っている。四十余年の経々を綺語と称することは、これらの経釈によったのであり、日蓮の私の言ではない。

語訳
涅槃経
 釈尊の入涅槃の様子とその時に説かれた教えを記した経。大・小乗で数種ある。大乗では、中国・北涼代の曇無讖(どんむしん)訳「大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)」四十巻(北本)、それを修訂した中国・劉宋代の慧観(えかん)・慧厳(えごん)・謝霊運訳「大般涅槃経」三十六巻(南本)、異訳に中国・東晋代の法顕訳「大般泥洹経(だいはつないおんぎょう)」六巻がある。小乗では、同じく法顕訳「大般涅槃経」三巻等がある。大乗の涅槃経では仏身の常住、涅槃の四徳である常楽我浄を説き、一切衆生悉有仏性を明かして、善根を断じた一闡提(いっせんだい)も成仏すると説いている。また小乗の涅槃経では、釈尊の入涅槃から舎利の分配までの事跡を記している。

天台
(五三八年~五九七年)。中国・南北朝から隋代にかけての人で、中国天台宗の開祖。諱(いみな)は智顗(ちぎ)。字(あざな)は徳安。姓は陳氏。智者大師ともいう。荊州華容県(湖南省)に生まれる。十八歳の時、湘(しょう)州(湖南省長沙市)果願寺の法緒(ほうしょ)について出家し、ついで律を修し、方等(ほうどう)の諸経を学んだ。陳の天嘉元年(五六〇年)大蘇山に南岳大師を訪れ、修行の末、法華三昧を感得した。その後、おおいに法華経の深義を照了し、法華第一の義を説いて「法華玄義」「法華文句」「摩訶止観」の法華三大部を完成した。摩訶止観では観心の法門を説き、十界互具・一念三千の法理と実践修行の方軌を明らかにした。

綺語(きご)
 真実にそむいて、言葉を巧みに飾ること。また、その言葉。十悪の一つ。

講義
 ここでの論難は、先の行敏初度の難状における「法華の前に説ける一切の諸経は皆是妄語にして出離の法に非ずと是一」(一七九㌻)にあたる。そして前章の論難と対照をなしている。すなわち、前章の論難は、大聖人が法華経のみを真実とし、他の大乗を誹謗していることを非難したものであるが、ここではその諸経を大聖人が「妄語」であるとされていることを非難している。彼らの論拠は、権大乗といえども、仏説であるから、妄語であるはずがない、というものである。
 しかし、本質的には法華経のみが真実であるという以上、諸経を虚妄であるというのは当然のことである。したがって、大聖人は、このこともまた「日蓮の私言ではない」ことを経論の文言を挙げて綿密に述べられている。
 既に、前章の御文にも挙げられているが、無量義経・説法品第二に「四十余年には未だ真実を顕さず」(『妙法蓮華経並開結』二九㌻ 創価学会刊)と説き、法華経以前の爾前の経教は真実を顕していないと明言している。この経文に「未だ真実を顕さず」と述べているのは、「妄語である」というのと同じであり、釈尊自らが、諸経は虚妄であるとしているのである。
 次に法華経巻二・譬喩品第三の文を挙げられている。これは七喩の一つにあたる「三車火宅の譬」にある文である。三車火宅の譬は、家が火事であることを知らずに、その家の中で遊んでいる子供たちを救い出すために、父である長者が方便として羊車・鹿車・牛車の三車を与えるからと呼びかけて外に誘い出し、出てきた子供たちに三車に勝る大白牛車を与えたというものである。羊車・鹿車・牛車の三車は声聞・縁覚・菩薩の三乗を、大白牛車は一仏乗を、長者は仏を、子供たちは一切衆生を、火宅は苦悩の娑婆世界を、それぞれ、たとえたものである。
 釈尊は、この譬喩を通して、三車ではなく、最も勝れた一仏乗の大白牛車を与えたことについて、舎利弗に「汝が意(こころ)に於いて云何(いか)ん。是の長者は等しく諸子に珍宝の大車(だいしゃ)を与うること、寧(むし)ろ虚妄有りや不(いな)や」(同・一七〇㌻)と問いただし、これに対して、舎利弗は「不(いな)なり。世尊よ」(同・一七〇㌻)と答えたことが説かれている。三車つまり三乗の法を与えると呼びかけながら大白牛車つまり一仏乗の法を与えたことは、虚妄か否かというのが問いの意味である。もとより一仏乗を与えたことは虚妄ではないが、三乗を与えるとしたことは虚妄である。ゆえに爾前経は虚妄ということになるのである。
 また、法華経巻六・如来寿量品第十六の文は、七譬の一つ、「良医病子の譬」のなかのものである。
 聡明で医薬に通じた良医に百人もの子供がいた。良医が他国に行っている留守に、子供たちは誤って毒薬を飲んでしまい、地に転げ回って苦しんでいた。そこに父の良医が帰ってきて、直ちに良薬を調合して与えた。本心を失っていない子供は飲んですぐに治ったが、毒気のために本心を失った子供は良薬を見ても疑って飲もうとしなかった。そこで良医は方便を設けて「是(こ)の好(よ)き良薬を、今留めて此(ここ)に在(お)く。汝は取って服す可(べ)し」(同・四八七㌻)と言い残して、他国に行き、使いをつかわして、「父は死んだ」と伝えさせた。本心を失っていた子供たちは父の死を聞いて嘆き悲しみ、毒気から覚めて本心を取り戻し、残された良薬を飲んで病気を治すことができた。これを聞き、父は喜んで帰ってきて、すべての子供たちを見ることができたという。
 この譬喩を説き終わった釈尊は弟子たちに向かって、「諸の善男子よ。意(こころ)に於いて云何(いか)ん。頗(は)た人の能(よ)く此の良医の虚妄の罪を説くこと有らんや不(いな)や」(同・四八八㌻)と問い、それに対して弟子たちは「不(いな)なり。世尊よ」(同・四八八㌻)と答えたのである。つまり、使いに言わせた「父は死んだ」というのは明らかに虚妄であるが、この問いは、それを罪とすべきかどうかというのである。その意味で、仏の常住不滅を明かさない爾前経は妄語であるということの裏づけとされているのである。
 涅槃経にも、また釈尊自ら、爾前は虚妄の説であると説いている。すなわち大般涅槃経巻十五に「如来には虚妄の言無しと雖(いえど)も、若(も)し衆生、虚妄の説に因(よ)って、法理を得ると知れば、宜(よろ)しきに随って方便則(すなわ)ち為に之を説く」とある。宜しきに随って説いた虚妄の法とは、爾前の諸経をさすのである。
 また、「天台云く」として次に引用されているのは、天台大師も、爾前経は、すべて如来の綺語であって一時的のものである、と述べているとの意である。
 このように、四十余年の経々を「妄語」「虚妄」「綺語」というのは、経論に説いているのであって、全く「日蓮の私言」でないとされているのである。

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