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行敏訴状御会通・第三章 法華のみを真実とする根拠を示す

           行敏訴状御会通

     第三章 法華のみを真実とする根拠を示す

本文(一八〇㌻七行~一八〇㌻一一行)
 又云く而(しか)るに日蓮偏(ひと)えに法華一部に執して諸余の大乗を誹謗す云云、無量義経に云く四十余年未顕真実・法華経に云く要当説真実と・又云く宣示顕説(せんじけんせつ)と・多宝仏証明を加えて云く皆是真実と・十方の諸仏は舌相至梵天(ぜっそうしぼんてん)と云う云云、已今当の三説を非毀(ひき)して法華経一部を讃歎するは釈尊の金言なり諸仏の傍例なり敢て日蓮が自義に非ず、其の上此の難は去る延暦・大同・弘仁の比(ころ)・南都の徳一大師が伝教大師を難破せし言なり、其の難已(すで)に破れて法華宗を建立し畢(おわ)んぬ。

通解
 また、訴状に「日蓮は偏(ひとえ)に法華一部に執着して、他の諸大乗教を誹謗している」とある。
 これについていえば、無量義経には「四十余年には未だ真実を顕さず」とあり、法華経方便品第二には「(世尊は法久しくして後)要(かなら)ず当(まさ)に真実を説くのである」とある。また、如来神力品第二十一には「皆この経(法華経)において宣示顕説する」と説かれている。釈尊の法華経の説法に対して多宝仏は、それに証明を加えて「(釈迦牟尼世尊、所説のごときは)皆これ真実である」と述べ、十方の諸仏は「舌相梵天に至る」と述べている。
 このように已今当の三説を誹謗して、法華経一部を賛嘆するのは釈尊の金言であり、諸仏の傍証であり、あえて日蓮の自義ではない。
 そのうえ、この非難は去る延暦、大同、弘仁の頃、南都の徳一大師が伝教大師を難破した言葉であるが、その非難は既に破られて、天台法華宗が建立されたのである。

語訳
法華
 大乗仏典の極説・法華経のこと。梵名サッダルマプンダリーカ・スートラ(Saddharmapuṇḍarīka-sūtra)、音写して薩達摩芬陀梨伽蘇多覧(さだるまふんだりきゃ・そたらん)、意は「白蓮華のごとき正しい教え」である。経典として編纂されたのは紀元一世紀ごろとされ、すでにインドにおいて異本があったといわれる。漢訳には「六訳三存」といわれ、六訳あったが現存するのは三訳である。その中で後秦代の鳩摩羅什訳「妙法蓮華経」八巻は、古来より名訳とされて最も普及している。内容は前半十四品(迹門)には二乗作仏、悪人成仏、女人成仏等が説かれ、後半十四品(本門)には釈尊の本地を明かした久遠実成を中心に、本因妙・本果妙・本国土妙の三妙合論に約して仏の振る舞い、また末法に法華経を弘通する上行菩薩等の地涌の菩薩に結要付嘱されたこと等が説かれている。

無量義経
 一巻。中国・蕭斉(しょうせい)代の曇摩伽陀耶舎(どんまかだやしゃ)訳。法華経の開経とされる。内容は「無量義とは、一法従(よ)り生ず」(『妙法蓮華経並開結』二五㌻ 創価学会刊)等と説き、この無量義の法門を修すれば無上正覚を成ずることを明かしている。また、これまでに説いた経教は、まだ真実を明かさない方便の教えであることを次のように述べている。「善男子よ。我れは先に道場菩提樹の下(もと)に端坐すること六年にして、阿耨多羅三藐三菩提を成ずることを得たり。仏眼を以て一切の諸法を観ずるに、宣説(せんせつ)す可(べ)からず。所以(ゆえん)は何(いか)ん、諸の衆生の性欲(しょうよく)は、不同なることを知れり。性欲は不同なれば、種種に法を説きき。種種に法を説くことは、方便力を以てす。四十余年には未だ真実を顕さず。是(こ)の故に衆生は得道差別(しゃべつ)して、疾(と)く無上菩提を成ずることを得ず」(同・二九㌻)と。

徳一
 生没年不明。得一、徳溢とも書く。平安時代初期の法相宗の僧。藤原仲麻呂の子と伝える。出家して興福寺の修円について法相宗を学び、常陸(ひたち)国筑波山に中禅寺を開いた。法華一乗は権教であるとして三乗真実・一乗方便の説を立て、伝教大師とのあいだにしばしば法論をたたかわした。著書に「仏性抄」一巻、「中辺義鏡」三巻、「中辺義鏡残」二十巻、「恵日羽足(えにちうそく)」三巻などがある。「三寸に足らざる舌根」等の文は「中辺義鏡残」にあるといわれている。
〈追記〉
 徳一の著作は「真言宗未決文」一巻を除き、現存しない。徳一の主張は、伝教大師の徳一への反論に引用してあり、原形を推測するのみである。

伝教大師
(七六七年~八二二年)。日本天台宗の開祖。諱(いみな)は最澄。伝教大師は諡号(しごう)。根本大師・山家大師ともいう。俗名は三津首広野(みつのおびとひろの)。父は三津首百枝(ももえ)。先祖は後漢の孝献帝の子孫、登萬[万]貴(とまき)で、応神天皇の時代に日本に帰化した。神護景雲元年(七六七年)近江(滋賀県)滋賀郡に生まれ、幼時より聡明で、十二歳のとき近江国分寺の行表(ぎょうひょう)のもとに出家、延暦四年(七八五年)東大寺で具足戒を受け、まもなく比叡山に草庵を結んで諸経論を究めた。延暦二十三年(八〇四年)、天台法華宗還学生(げんがくしょう)として義真を連れて入唐し、道邃(どうずい)・行満(ぎょうまん)等について天台の奥義を学び、翌年帰国して延暦二十五年(八〇六年)日本天台宗を開いた。旧仏教界の反対のなかで、新たな大乗戒を設立する努力を続け、没後、大乗戒壇が建立されて実を結んだ。著書に「法華秀句」三巻、「顕戒論」三巻、「守護国界章」九巻、「山家学生式」等がある。

講義
 良観・念阿らの訴状に「日蓮は偏(ひとえ)に法華経一部に執着して、他の諸大乗教を誹謗している」とあることに対しての反論である。
 大聖人は、釈尊自身が法華経のみが真実であると言われたのであり、しかもそれを多宝・分身諸仏も証明されているところであり、「敢て日蓮が自義に非ず」であること、更にこの論難はかつて徳一が伝教大師を非難したものだが、既に破られた論難であることを示されている。
 法華経の開経である無量義経には、釈尊自ら「四十余年には未だ真実を顕さず」(『妙法蓮華経並開結』二九㌻ 創価学会刊)と説いている。釈尊は、法華経より前の諸経では、衆生の習性と欲望が不同であり、機根がまちまちなので、方便力をもって種々に法を説いてきたのであり、これら四十余年間の説法には、いまだ真実の教法を顕していない、と方便権教であることを明言している。
 そして法華経にこそ真実を明かすことを方便品第二に「世尊は法久しくして後(のち) 要(かなら)ず当(まさ)に真実を説きたまうべし」(同・一一一㌻)と説き、同じく法華経如来神力品第二十一には「要を以て之れを言わば、如来の一切の有(たも)つ所の法、如来の一切の自在の神力、如来の一切の秘要の蔵(ぞう)、如来の一切の甚深(じんじん)の事(じ)は、皆な此の経に於いて宣示顕説(せんじけんせつ)す」(同・五七二㌻)と説いている。
 以上は釈尊自身が、法華経のみ真実であると述べた文であるが、それを多宝如来、十方分身諸仏も証明していることを指摘される。
 法華経の見宝塔品第十一には、多宝如来が「善(よ)き哉(かな)、善き哉。釈迦牟尼世尊は……説きたまう所の如きは、皆な是れ真実なり」(同・三七三㌻)と宣(の)べ、この法華経がすべて真実であることを証明している。
 十方の諸仏も、法華経の如来神力品第二十一に「諸仏救世者(しょぶつくせしゃ)……舌相は梵天に至り 身より無数(むしゅ)の光を放って 仏道を求める者の為めに 此の希有(けう)の事(じ)を現じたまう」(同・五七三㌻)とあるように、梵天まで届く広く長い舌を出して、法華経が不妄語であることを証明しているのである。
 これらは、釈尊、多宝仏、十方分身の諸仏の「三仏」が法華経のみが真実であり、他の諸経は方便権教であるとしているもので、大聖人御一人が勝手に言っている「自義」ではないという裏づけである。
 次に、このような法華経だけを正しいとし、他の経を方便だとするのはおかしいという非難に対しては、日本でも伝教大師によって既に破折され決着がついている問題であることを示されている。
 平安朝の初期にあたる延暦、大同、弘仁の時代(七八二年~八二三年)、南都すなわち奈良仏教界の法相宗の僧・徳一と、比叡山に日本天台法華宗を開いた伝教大師(七六七年~八二二年)との権実論争がそれである。
 弘仁五年(八一四年)一月十四日、勅旨によって宮中殿上において、伝教大師は奈良仏教界の小乗・権大乗の諸宗の学匠と対論してこれを破折し、法華経を宣揚した。それでもなお、自宗の邪義に固執する者も少なくなく、弘仁七年(八一六年)、法相宗の徳一が仏性抄と名づける一書を著し、三乗真実・一乗方便の邪義を立てて、一乗真実・三乗方便を立てる天台法華を貶(けな)して方便教と難じたのである。
 伝教大師は、徳一の疑難に対して、直ちに照権実鏡一巻を著してこれを破折し、法華の真実であることを明らかにした。しかし、徳一がなお対抗してきたので、守護国界章、法華秀句等を著して論破し、法華経の実義を世に示し法華宗を確立したのである。
 大聖人は、持妙法華問答抄において、伝教大師が、徳一の三乗真実・一乗方便の邪義を破折し、法華秀句巻上で「(法華の醍醐味も知らず、爾前権経の粗食で満足している)現在の麤食者(そじきしゃ)(徳一をさす)は偽りの書物を数巻作って正法を謗り、人を謗っている。どうして地獄に堕ちずにいようか」(取意)と、徳一がこの言葉に責められて舌が八つに裂けて死んでいった、と仰せである(四六三㌻)。
 既に、こうした疑難が伝教大師によって破折され、歴史的に決着を見ているのに、同じ疑難を繰り返すことの愚かさを、大聖人は史実を挙げることによって破折されているのである。

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