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問注得意抄・第二章 問注に際する心構えを教示される


             問注得意抄

      第二章 問注に際する心構えを教示される

本文(一七八㌻四行~一七八㌻九行) 
 但し兼日(けんじつ)御存知有りと雖(いえど)も駿馬(しゅんめ)にも鞭うつの理之有り、今日の御出仕・公庭に望んでの後は設(たと)い知音(ちいん)為(た)りと雖も傍輩(ほうばい)に向つて雑言(ぞうごん)を止めらる可(べ)し両方召し合せの時・御奉行人・訴陳の状之を読むの尅(きざみ)何事に付けても御奉行人の御尋ね無からんの外(ほか)一言を出す可からざるか、設(たと)い敵人等悪口を吐くと雖も各各当身の事・一二度までは聞かざるが如くすべし、三度に及ぶの時・顔貌を変ぜず麤言(そげん)を出さず輭語(なんご)を以て申す可し各各は一処の同輩なり私に於ては全く遺恨無きの由之を申さる可きか、又御供雑人等に能(よ)く能く禁止を加え喧嘩を出す可からざるか、是くの如き事書札に尽し難し心を以て御斟酌(しんしゃく)有る可きか。

通解
 ただし、兼ねてご存じのことであるが、駿馬にも鞭うつということもあるから、今日、御出仕になり、公の場所に出られた後は、たとえ知り合いの者であっても、傍輩(ほうばい)に向かって雑言などされてはならない。両方の者が呼び出され、御奉行人が訴えの文を読む間は、何事があっても、御奉行人から尋ねられたこと以外は一言でも口を出してはならない。
 たとえ敵方の者が、悪口を吐いたとしても、おのおのが身に当たるようなことであっても、一、二度までは聞かぬふりをすべきである。
 それが三度に及ぶようであったら、顔色を変えず、語気を麤(あら)くしたりしないで、やわらかな言葉をもって申すべきである。
「おのおの方とは一所の同輩であり、私事においては全く遺恨はない」との由を言われるべきである。また、御供の人や雑人等にまでよくよく注意して、喧嘩などしないようにすべきである。
 このような事は、書面では尽くし難いから、心を以って斟酌されたい。

語訳
兼日(けんじつ)
「兼ねての日」の音読み。かねて、日頃から、などの意味で使われる。

駿馬(しゅんめ)にも鞭うつ
 駿馬とは、大変に足の速い馬、勝れた馬のこと。駿馬は鞭影(べんえい)を見て走るというが、そうした駿馬にも一鞭入れる例があること。ここは富木氏らを駿馬にたとえられて、このような注意は余計なことかもしれないが、敢えて申し上げるとの意味である。
〈追記〉
「走り馬にも鞭」ともいい、精一杯に努力している人間にも、激励することを忘れてはならないことにたとえる。また勢いのついているものに力を添え、一段と勢いを増すことのたとえともされる。

知音(ちいん)
 よく知り合っている友のこと。
〈追記〉
「音(ね)を知る人」で、心の底まで理解しあった友の意。中国の春秋時代、琴の名人伯牙(はくが)は親友の鍾子期(しょうしき)が亡くなると、自分の琴の音を理解する者はもはやいないと愛用していた琴の糸を切り、再び弾じなかったという。「列子」湯問篇にある。

講義
 ここでは、問注所に出仕した際の心構えを教えられている。傍輩に向かっての「雑言」を吐いてはならないと戒められ、また安易に口出しをしないよう仰せられている。
 更に、言葉遣い、態度、話す内容、付き人への心配りにまで言及され、大聖人が言われたことをよく「斟酌」して事にあたるよう教示されている。

 但し兼日御存知有りと雖も駿馬にも鞭うつの理之有り

 出仕に際しての心構えに言及されるにあたり、富木常忍らに対して「兼日御存知有りと雖も」、兼ねてから知っていることであろうが、と前置きされている。
 富木常忍は千葉氏に仕える武士であり、大聖人との手紙のやりとりをみても、常識豊かな人であることが察せられる。
 仮に〝他の二人〟のなかに、問注所の役人である大田乗明が含まれていないとしても、少なくとも近くにはいるわけであるから、問注についての予備知識もあろう。
 したがって、大聖人が今から言うことは先刻承知のことであるかもしれないが、と前もって断られているのである。
 そして「駿馬」にさえ「鞭」を打つこともあるのだから、と仰せられている。駿馬は鞭うつ必要はないのだが、それでも一鞭入れる例もあるとの譬えで、富木氏らにあえて問注に臨む注意を与える必要はないことだが、敢えて言えば、との意である。
 大聖人にとっては、「御成敗の甲乙は且らく之を置く」との御言葉にみられるごとく、問注の結果については、あまり期待はされていなかったのであろう。
 したがって、富木常忍らの問注において大切なことは、あくまでも感情に走って醜い姿を示してはならないということであり、あくまで冷静に、穏やかに人間として立派であるという姿を示すようにということであった。

 設い知音為りと雖も傍輩に向つて雑言を止めらる可し……

 公庭に臨んでの具体的な注意をされている。
 第一点は、たとえ知っている間柄であっても、雑言をしてはならないということである。この「傍輩」が問注の相手方であるのか、単に問注所に傍輩がいることであるのかは分からない。後者であれば、大田乗明がこの三人の中に含まれていると想像する根拠となろう。そのいずれにせよ、問注は厳粛な場である。たとえ周りに傍輩がいたとしても、気安さから声をかけたりすることは、厳に戒めなければならない。召し合わせた側の役人の心証も悪くなろう。こうした時は、節度を守り、かつ厳然としているべきであると教えられているのである。
 第二点は、奉行人が訴陳の状を読む際にも、奉行人から尋ねられたことに限って答えるようにとの御注意である。よしんば敵方の者が悪口を吐いたとしても、そしてそれが自分についてのことであっても、一度、二度は聞こえないふりをしているように、と仰せられている。
 敵方は、ここぞとばかり悪口を尽くして富木常忍らを挑発してくるだろうが、その挑発に乗ってはならないと言われているのである。挑発に乗って言い返したりすることは、裁判の場を乱すことになり、取り調べ官の心証を害することになるからである。
 現在では法廷侮辱罪にあたる行為である。優曇華にあうほどの絶好の機会を得ながら、自分の手でつぶしてしまうことほど愚かなことはない。悠然としていることのほうが、かえって自らの正しさを立証することになると教えられているのである。
 また、自ら意見を述べる場合は、相手にすべて言わせてからのほうが有利なことはいうまでもない。挑発に乗り、気負って拙速に意見を述べることは、かえって相手に付け入る隙を与えることになる。
 逆にすべて言わせてから述べることは、相手に言い逃れをさせる余裕を与えないことであり、賢明な方法である。
 第三点は、いよいよ発言するべき時には、顔色を変えず、粗略な言葉でなく、柔らかい言葉で言うべきであると仰せられている。この仰せは、絶対に感情的になってはいけないということである。富木常忍らに正義があることは間違いないのだから、冷静に話すことさえできれば、その正しさは周囲も認めざるをえなくなる。
 たった一つ失敗するとしたら、口をすべらして暴言を吐き、相手に揚げ足を取られたり、役人の心証を悪くするケースである。
 そのゆえに「輭語(なんご)を以て申す可し」と仰せられているのである。「輭語」というのは、決してふざけた言葉という意味ではない。穏やかななかにも、自らの正義をきちんと、また分かりやすく述べることをいうのである。
 第四点は、相手方に対して、「一処の同輩」であり、個人的には全く遺恨はないと、毅然として言うよう教えられている。
 これは非常に大切なことである。人間は感情の動物であり、たとえ純粋に信仰の誤りを指摘したものであっても、なにか人間的に非難されたような気になり、仏法上の対論であることを忘れて感情的になりがちである。
 あくまでも個人的に怨念などもつものではないことを明らかにすると同時に、相手方からも、個人的なことで攻撃させないよう、あらかじめクギをさしておくように、との心配りでもあろう。
 これらの御注意を拝すると、大聖人は問答の場についての心得を熟知されていることが分かる。折伏を実践され、常々、他宗の僧等と戦われる経験からの御指南であろうと拝察される。
 現実に、この御指南通りの振る舞いを大聖人御自身がされていることが、御書に拝される。それは塚原問答である。
 文永九年(一二七二年)一月十六日、御流罪の地・佐渡の塚原において諸宗の僧俗との問答に臨まれた大聖人は、種種御振舞御書によれば、初め、諸宗の者が口々にののしるままにされた。
「念仏者は口口に悪口をなし真言師は面面に色を失ひ天台宗ぞ勝つべきよしを・ののしる、在家の者どもは聞ふる阿弥陀仏のかたきよと・ののしり・さわぎ・ひびく事・震動雷電の如し」(九一八㌻)であったという。
 大聖人は「暫らく・さはがせて後」に「各各しづまらせ給へ・法門の御為にこそ御渡りあるらめ悪口等よしなし」(九一八㌻)と言われたのである。「数百人」「かずをしらず集り」(九一八㌻)というなかで、大聖人はたった一人で悠々と振る舞われた。
 その威風に、裁く立場の本間六郎左衛門らは「然るべし」と納得して彼らの暴言をやめさせ、問答が始まったのである。
 問答が始まると、大聖人は相手の言うことを、一つ一つ焦点をしぼり、たしかに言ったことを承認させてから、それらを次々に破折された。
「止観・真言・念仏の法門一一にかれが申す様を・でつ(牒)しあ(揚)げて承伏せさせては・ちやうとはつ(詰)めつめ・一言二言にはすぎず」(九一八㌻)と。
 まさに本抄で大聖人が言われている通りの進め方である。その結果、問答は「利剣をもて・うり(瓜)をきり大風の草をなび(靡)かすが如し」(九一八㌻)の完勝であった。
「鎌倉の真言師・禅宗・念仏者・天台の者よりも・はかなきものども」(九一八㌻)であると仰せのごとく、鎌倉で常に大聖人は折伏されてきたのである。
 こうした体験に基づいて、大聖人は御指南され、大聖人と同じように臨めば勝利疑いないことを教えられているのである。

 又御供雑人等に能く能く禁止を加え喧嘩を出す可からざるか

 ここでは、富木常忍らの供をする人たちにも心を配るよう指南されている。本人はもとより、周囲の者にも相手の挑発に乗ることを戒めるよう指導せよと仰せられているのである。まことに用意周到である。
「喧嘩の出す可からざるか」と仰せられているのは、常忍らの供の者たちのあいだで喧嘩沙汰を起こさないようにと言われているとも考えられるが、やはり相手方の供の者と喧嘩してはならないことを言われていると拝するのが妥当だと思われる。
 供の者といえども、それぞれの主人の味方をして、感情的になりやすい。裁判の当事者でないということから、節操を忘れて暴言を吐く恐れもないとはいえない。思わぬところから、水が漏れることを大聖人は心配されているのである。
 以上のように、数点にわたって大聖人は心構えを述べられたが、書きたいことは山ほどあるものの、本抄御執筆が問注の当日で、時間がないということを考えると、多く書いても意味がない。また、いくら書いても、実際の場に臨めば、その通りの展開となるとは限らず、予想外なことも起こるだろうから、臨機応変の対応が必要となる。
 したがって、大聖人が仰せられたことの心をよく「斟酌」して対処するよう、と念を押されているのである。

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