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弟子檀那中への御状

          弟子檀那中への御状

本文(御書全集一七七㌻)
 大蒙古国の簡牒到来に就いて十一通の書状を以て方方(かたがた)へ申せしめ候、定めて日蓮が弟子檀那・流罪・死罪一定(いちじょう)ならん少しも之を驚くこと莫(なか)れ方方への強言申すに及ばず是併(しかし)ながら而強毒之(にごうどくし)の故なり、日蓮庶幾せしむる所に候、各各用心有る可し少しも妻子眷属を憶(おも)うこと莫れ権威を恐るること莫れ、今度生死の縛(ばく)を切つて仏果を遂げしめ給え。
 鎌倉殿・宿屋入道・平の左衛門尉・弥源太・建長寺・寿福寺・極楽寺・多宝寺・浄光明寺・大仏殿・長楽寺已上十一箇所仍(よ)つて十一通の状を書して諫訴(かんそ)せしめ候い畢(おわ)んぬ、定めて子細有る可し、日蓮が所に来りて書状等披見せしめ給え、恐恐謹言。
  文永五年戊辰十月十一日       日 蓮  花 押
   日蓮弟子檀那中

通解
 大蒙古国からの牒状が到来したことについて、十一通の書状をもってそれぞれの方へ申し上げた。定めて日蓮が弟子檀那は、流罪・死罪になることは必定であろう。少しも驚いてはならない。
 方々へ強言を申し送ったことは言うまでもないが、これは而強毒之(にごうどくし)のゆえである。これは日蓮が望むところである。各々も用心しなさい。少しも妻子眷属のことを憶(おも)ってはならない。権威を恐れてはならない。今こそ生死の縛(ばく)を切って成仏を遂げなさい。
 鎌倉殿(執権)、宿屋入道、平左衛門尉、弥源太、建長寺、寿福寺、極楽寺、多宝寺、浄光明寺、大仏殿、長楽寺、以上の十一か所へ十一通の書状を出して諌めたのである。必ずや何かの子細があるだろう。日蓮のところに来て、書状等を披見せられたい。恐恐謹言。
  文永五年戊辰十月十一日       日 蓮  花 押
   日蓮弟子檀那中

語訳
而強毒之(にごうどくし)
「而(しか)して強(しい)て之を毒す」と読む。正法を信じない衆生に強いて説き仏縁を結ばせること。法華文句巻十上に「本(もと)未だ善有らざれば、不軽は大を以て而して強いて之を毒す」とある。煩悩多き衆生は、福徳が薄いため自ら妙法を求めることをしない。ゆえに相手が好むと否とにかかわらず法を説いて聞かせ縁を結ばせることをいう。
〈追記〉
「毒す」とは逆縁を結ばせること。あえて法を説き、三毒(貪・瞋・癡)の心を起こさせ縁を結ばせるとの意である。天台大師は、末法の本未有善の衆生に対しては、不軽菩薩のように成仏の種子である大乗の法を強いて説き、逆縁によって救うべきことを述べている。

講義
 本書は文永五年(一二六八年)日蓮大聖人が四十七歳の御時、「十一通御書」と同じ十月十一日、鎌倉・松葉ケ谷でしたためられ、弟子檀那に対して与えられた書である。
 この年の閏(うるう)正月、蒙古から牒状(国書)が到来し、立正安国論の予言が的中したことを機に、日蓮大聖人は執権・北条時宗をはじめ幕府の要人、ならびに諸宗諸大寺の高僧へ計十一通の諌状(「十一通御書」)を送って、公場対決を迫られた。
 それと同時に、本書をしたためられて門下一同に与え、諌状を提出したゆえに、日蓮および弟子檀那に対し流罪・死罪等の弾圧があることは必定であるとし、法難に対する覚悟と心構えを訴えられ、不惜身命の仏道修行こそ成仏の要因であることを教えられている。
 初めに、蒙古国から「簡牒」、すなわち公式文書(国書)が到来したことを機に、諌暁のため十一通の書状をしたため、「方方へ」送付したことを告げられている。
 したがって、大聖人だけでなく、弟子檀那へも必ず流罪・死罪等の弾圧が加えられるであろうが、少しも驚いたり、あわてたりしてはならない、と覚悟を促されている。

 方方への強言申すに及ばず是併ながら而強毒之の故なり

 このたび「方方へ」送った十一通の書状には、すこぶる強い言葉でもって幕府要人や諸宗の高僧たちを諌めたが、それは「而強毒之(にごうどくし)の故」であることを述べられている。
「而強毒之」とは「而(しか)して強(し)いて之(これ)を毒す」と読み、正法を聞こうと望まない衆生にも強いて説き、仏縁を結ばせることをいう。折伏逆化と同義である。出典は天台大師の法華文句巻十上で、同書に「本(もと)未だ善有らざれば、不軽は大を以て而して強いて之を毒す」とある。善根を積んでいない衆生は、自ら妙法を求めることをしないが、あえて法を説いて三毒(貪・瞋・癡)の心を起こさせ縁を結ばせることをいう。
 末法の衆生は本未有善(ほんみうぜん)であるから、不軽菩薩の化導と同じく「而強毒之」が正しい教化法である。大聖人は御義口伝で「智者愚者をしなべて南無妙法蓮華経の記を説きて而強毒之するなり」(七三五㌻)と説かれている。

 受難の覚悟を促す

「日蓮庶幾せしむる所に候」とは、正法をもって諌暁したために流罪・死罪等の弾圧にあうのは望むところであるとの仰せである。そして、弟子檀那に対しても「各各用心有る可し少しも妻子眷属を憶うこと莫れ権威を恐るること莫れ」と、いざという時の覚悟を決めておくよう、言い含められている。
 ここで「用心有る可し」との仰せは、流罪・死罪を避けるための用心ということではなく、妻子眷属を思って生ずる、ひるむ心、流罪・死罪を恐れて臆する心に対する用心である。
 今こそ勇気ある信心を貫いて、苦しみ・煩悩に縛られる「生死の縛(ばく)」を断ち切り、「仏果」すなわち成仏を遂げるよう促されているのである。
 大聖人は文永七年(一二七〇年)十一月御述作の金吾殿御返事でも、「十一通御書」の送付に関連し、法華経のために身命を捨てる喜びを、次のように記されている。
「法華経のゆへに流罪に及びぬ、今死罪に行われぬこそ本意(ほい)ならず候へ、あわれ・さる事の出来(しゅったい)し候へかしと・こそはげみ候いて方方(かたがた)に強言(ごうげん)をかきて挙げをき候なり、すでに年五十に及びぬ余命いくばくならず、いたづらに曠野(こうや)にすてん身を同じくは一乗法華のかた(方)になげて雪山童子(せっせんどうじ)・薬王菩薩の跡をお(追)ひ仙予・有徳(うとく)の名を後代に留めて法華・涅槃経に説き入れられまいらせんと願うところなり」(九九九㌻)
 これは「先に伊豆に流罪された。法華経のために命を捧げている自分としては、死罪に行われずにいるのが不本意である。法華経のために死罪に値(あ)うようにと折伏・弘法に励み、方方(かたがた)へは強言の諫状(十一通御書)を送った。いたずらに曠野に捨てる身なら、一乗法華経のために捨てたい」との文意である。
 この御文からも、日蓮大聖人が「十一通御書」を送付するにあたって、あらかじめ死罪を覚悟されていたことが拝される。
 続いて「十一通の書状」を送付された相手を挙げられている。すなわち「鎌倉殿(北条時宗)」「宿屋入道」「平の左衛門尉」「弥源太」「建長寺」「寿福寺」「極楽寺」「多宝寺」「浄光明寺」「大仏殿」「長楽寺」、以上十一か所へ「諫訴(かんそ)」したといわれている。「諫訴」とは誤りを諌め正義を訴えることをいう。
「定めて子細有る可し、日蓮が所に来りて書状等披見せしめ給え」との仰せは、諌訴に対し、必ず、何らかのことがあるであろうから、念のために大聖人の所へきて、十一通の書状がどんな内容なのか一つ一つ披見してほしい、との意味である。おそらく下書きが残されていたのであろうし、十一通の書状を今日知ることができるのも、残された下書きがあったからこそである。ともあれ、弟子檀那が「十一通御書」の内容を熟知するか否かで、受難の覚悟も心構えも違うことから、そのための御配慮と拝される。
 このように生命に及ぶ大難を予見されながら、大聖人はあくまでも仏法のため、衆生を救うために幕府や諸大寺に公場対決を迫る強い諌暁をされたのである。

出典『日蓮大聖人御書講義』第四巻下(編著者 御書講義録刊行会 発行所 聖教新聞社)

                  弟子檀那中への御状 ―了―

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