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平左衛門尉頼綱への御状・第二章 一乗妙法の信受を勧む

         平左衛門尉頼綱への御状

        第二章 一乗妙法の信受を勧む

本文(一七一㌻五行~一七一㌻八行)
 夫(そ)れ以(おもんみ)れば一乗妙法蓮華経は諸仏正覚の極理・諸天善神の威食(いじき)なり之を信受するに於ては何ぞ七難来り三災興らんや、剰(あまつさ)え此の事を申す日蓮をば流罪せらる争(いか)でか日月星宿罰を加えざらんや、聖徳太子は守屋の悪を倒して仏法を興し秀郷(ひでさと)は将門(まさかど)を挫(くじ)いて名を後代に留む、然らば法華経の強敵為(た)る御帰依の寺僧を退治して宜(よろし)く善神の擁護(おうご)を蒙るべき者なり。

通解
 さて考えてみるに一乗の妙法蓮華経は諸仏の悟りを開く極理であり、諸天善神の威光を養う法食(ほうじき)である。この妙法蓮華経を信受するならば、どうして七難が来り、三災が起こるだろうか。その妙法を信受しないばかりか、この事を申す日蓮を流罪した。どうして日月星宿が罰を加えないことがあろうか。
 聖徳太子は物部守屋を倒して仏法を興し、藤原秀郷は平将門を討って名を後代に伝えた。そうであるならば、法華経の強敵である御帰依の寺僧等を対治して、善神の擁護を蒙るべきである。

語訳
七難
 七種の災難のこと。仁王経、薬師経、金光明経等に説かれる。仁王経巻下には①日月(にちがつ)失度難(太陽や月の異常現象)②星宿(しょうしゅく)失度難(星の異常現象)③災火難(大火が国土を焼き、一切を焼き尽くす)④雨水難(大水が人々を漂没させる)⑤悪風難(大風が吹いて人々が死に、山河や樹木が一時に滅没する)⑥亢陽(こうよう)難(旱魃のため草は枯れ、穀物が実らず人々は滅尽する)⑦悪賊難(他国からの侵略、国内の賊によって戦乱が起こる)の七種が説かれる。また薬師経では①人衆疾疫難(人々が疫病に襲われる)②他国侵逼難(他国から侵略される)③自界叛逆難(国内で反乱が起こる)④星宿変怪難(星々の異変)⑤日月薄蝕難(太陽・月が翳ったり蝕したりする)⑥非時風雨難(季節外れの風雨)⑦過時不雨難(季節になっても雨が降らず干ばつになる)の七難が説かれる。

三災
 ①壊劫の時に起こる火災・水災・風災の「大の三災」と、②住劫の中の減劫に起こる「小の三災」(穀貴(こっき)、兵革(ひょうかく)、疫病)がある。ここでは②。小の三災は正法を迫害することによっておこる災害でもあり、大集経巻二十四には「若し国王有って、無量世に於て施・戒・慧を修し、我が法の滅するを見て捨てて擁護(おうご)せざれば、是の如き所種の無量の善根は、悉く皆滅失し、其の国には当に三の不祥事有るべし。一に穀貴、二に兵革、三に疫病なり」とある。穀貴とは五穀の価が上がること。兵革とは戦争のこと。

講義
 他国侵逼(たこくしんぴつ)による国の滅亡を救う方途は、謗法諸宗の寺僧たちを退治し、成仏の法である妙法蓮華経を信受して、諸天善神の擁護(おうご)をこうむる以外にないことを強調されている。
 まず日蓮大聖人が信受を勧める「一乗妙法蓮華経」は一切の仏が正しい悟りを開いた極理であり、一切の善神の威光を倍増させる法味であることを教えられている。「一乗」とは一仏乗、すなわち、ただ成仏を教えた法のことで、それが「妙法蓮華経」である。
 妙法蓮華経が「諸仏正覚の極理」であることは、秋元御書に「三世十方の仏は必ず妙法蓮華経の五字を種として仏になり給へり」(一〇七二㌻)等、諸御書に述べられている通りである。
 また「一乗妙法蓮華経」は「諸天善神の威食」でもある。すなわち妙法こそ諸天善神が威光勢力を増す法味だからである。したがって一乗妙法を信受する時、善神の擁護は厳然であり、どうして三災七難が興りえようか。と諭(さと)されている。
 続いて、この法華経の正法を弘める法華経の行者としてのお立場から「剰(あまつさ)え此の事を申す日蓮をば流罪せらる争(いか)でか日月星宿罰を加えざらんや」と仰せられている。
「此の事」とは、先文の「一乗妙法蓮華経こそ諸仏正覚の極理であり、諸天善神の威食であるから、法華経の信仰を人々が立てれば三災七難はなくなる」という大聖人の言説をさす。「流罪」と本御状でいわれているのは伊豆流罪のことである。
 大聖人は弘長元年(一二六一年)五月十二日から弘長三年(一二六三年)二月二十二日まで、伊豆国伊東(現在の静岡県伊東市)へ流罪された。「日月星宿」は日天・月天・明星天をいい、諸天善神のことである。
 すなわち、災難対治の根本である「一乗妙法蓮華経」を立てよとの大聖人の言を用いないばかりか、その妙法を弘通する日蓮大聖人を理不尽にも迫害し、流罪したのであるから、諸天善神が怒りをなすのは当然で、どうして国に治罰を加えないわけがあろうか、との意である。その「罰」が蒙古の来牒を意味していることはいうまでもない。
 そして「聖徳太子は守屋の悪を倒して仏法を興し秀郷は将門を挫いて名を後代に留む」と、悪を打ち破って後世に名を留めた先人にならうよう諭されている。
 聖徳太子(五七四年~六二二年)は飛鳥時代、崇仏派の蘇我氏と力を合わせ、排仏派の物部守屋と戦って守屋を滅ぼし、三経義疏等を著し、法隆寺・四天王寺を建立するなど、仏法の興隆に尽くした。
 藤原秀郷(生没年不明)は平安初期の武将で、天慶三年(九四〇年)、平将門の乱に際し、平貞盛に助勢して乱を平定し、その功によって下野守(しもつけのかみ)に任じられた。結城氏などの東国武士の祖といわれる。
 彼らと同様に頼綱も、「法華経の強敵」である諸宗の寺僧を退治し、善神の擁護をこうむって国を安泰に導くべきであると諭されているのである。ここでいう「退治」は、諸宗の寺僧への帰依をやめ、布施・寄進を禁止することを意味する。

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