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蓮盛抄(禅宗問答抄)第六章 毘廬の頂上を踏むとの義を破る

          蓮盛抄(禅宗問答抄)

      第六章 毘廬の頂上を踏むとの義を破る

本文(一五二㌻九行~一五二㌻一四行)
 禅宗云(いわ)く毘盧(びる)の頂上を蹋(ふ)むと、云く毘盧とは何者ぞや若(も)し周遍法界(しゅうへんほっかい)の法身ならば山川・大地も皆是れ毘盧の身土なり是れ理性(りしょう)の毘盧なり、此の身土に於ては狗(いぬ)・野干(やかん)の類(たぐい)も之を蹋(ふ)む禅宗の規模(きも)に非ず・若し実に仏の頂(いただき)を蹋まんか梵天も其の頂を見ずと云えり薄地(はくじ)争(いか)でか之を蹋む可(べ)きや、夫(そ)れ仏は一切衆生に於いて主師親の徳有り若し恩徳広き慈父を蹋まんは不孝逆罪の大愚人・悪人なり、孔子の典籍(てんじゃく)尚以て此の輩(やから)を捨つ況んや如来の正法をや豈(あに)此の邪類・邪法を讃(ほ)めて無量の重罪を獲(え)んや云云、在世の迦葉は頭頂礼敬(ずちょうらいきょう)と云う滅後の闇禅(あんぜん)は頂上を蹋むと云う恐る可し。

通解
 禅宗では毘盧遮那仏の頭の頂を踏むという。ではその毘盧遮那仏とは何者なのか。もし法界(宇宙)を周(めぐ)り遍(あまね)く法身ならば、山川や大地もすべて毘盧遮那仏の身体である。それは理としての仏性の毘盧遮那仏である。この理としての身体においては犬や狐の類も踏む。禅宗の手本になるものではない。もし実際に仏の頭の頂を踏むというのであれば、梵天もその頭を見ることができないといっているのに、薄地の凡夫がどうしてその頂を踏むことができようか。仏は一切衆生において主・師・親の三徳がある。恩徳の広い慈父を踏むなどというのは不孝で逆罪の大愚人・悪人である。中国の孔子の書物においてもなおこの輩を捨てる。まして如来の正法においてはなおさらである。このような邪(よこしま)な者や邪な法を誉(ほ)めて無量の重罪を得てよいものであろうか。釈尊在世の迦葉は頭の頂を礼し敬うといっている。滅後の愚かな禅宗の者は頭の頂を踏むという。恐るべきことである。

語訳
毘盧(びる)
 毘盧遮那(びるしゃな)のこと。梵名ヴァイローチャナ(Vairocana)の音写で、遍一切処・光明遍照などと訳す。華厳経(新訳)・観普賢菩薩行法経・大日経等に説かれる仏の名。華厳宗では、旧訳(くやく)の華厳経に「盧舎那(るしゃな)」と訳されていることから毘廬遮那と盧舎那は同じであり、報身等の十身を具足するとしている。天台宗では、毘盧遮那は法身で、盧遮那を報身、釈尊を応身としている。真言宗では、毘盧遮那は法身であり、大日如来としている。

毘盧(びる)の身土
 毘盧遮那仏の身と、その仏国土のこと。妙楽大師の金剛錍(こんごうぺい)に「阿鼻の依正は全く極聖(ごくしょう)の自心に処し、毘盧(びる)の身土は凡下(ぼんげ)の一念を逾(こえ)ず」とある。阿鼻地獄の依報の国土・正報の衆生も、至極(しごく)の聖人である仏の一念の中にあり、また毘盧遮那仏の身と国土も、凡下の衆生の一念を超えて存在するものではないと説かれ、法華経の極理である十界互具・一念三千の義を述べている。

野干(やかん)
 梵語シュリガーラ(śṛgāla)の音写。射干・悉伽羅(しがら)等とも書く。狐に似た獣、ジャッカルのこと。翻訳名義集巻二に「悉伽羅(しがら)。此に野干という。狐に似て而も小型なり。色は青黄にして狗(いぬ)の如し。群行(ぐんこう)して夜狼(おおかみ)の如く鳴く」とある。アジア南部からヨーロッパ南東部、アフリカに分布し、中国、日本には棲息しない。日本では狐の異名として使われた。

薄地(はくじ)
 欲界の九品の思惑のうち、前六品を断じただけの位をいう。通教の十地の第五。

孔子
(前五五一年~前四七九年)。中国・春秋時代の思想家。儒教の祖。氏は孔、名は丘(きゅう)、字(あざな)は仲尼(ちゅうじ)。魯(ろ)国の昌平郷陬邑(しょうへいきょうすうゆう)(山東省曲阜付近)の人。貧しいなかで育ったが、礼を学び学問に熱心であった。魯国に仕え、理想政治の実現を目指して政治改革を行ったが失脚して、衛・陳等を遍歴した。紀元前四八四年に魯国に帰って著述に励み、顔回・子路・子貢・子游など多くの弟子の育成に務めた。死後、弟子が孔子の言行等を記録したのが論語である。

頭頂礼敬(ずちょうらいきょう)
 頭の頂を相手の足につけて礼をなすこと。法華経信解品第四で摩訶迦葉が釈尊に向かって述べた偈のなかに「世尊は大恩まします……手足もて供給(くきゅう)し、頭頂(ずちょう)もて礼敬(らいきょう)し、一切もて供養すとも、皆な報ずること能(あた)わじ」(『妙法蓮華経並開結』二三六㌻ 創価学会刊)とある。

闇禅(あんぜん)
「闇証(あんしょう)の禅師」の略。仏法の道理にくらい禅宗の者。仏教の浅深に暗いうえに増上慢である禅宗の人々のこと。闇証とは暗証とも書き、仏説を依りどころとする教義を無視して、我見をもって悟りを得た、あるいは得られると思い込んでいること。

講義
 前章に続いて禅宗の増上慢の教義を破られている。「毘盧(びる)の頂上を蹋(ふ)む」というのは碧巌録(へきがんろく)巻十に「粛宗帝(しゅくそうてい)……国師に問うて云く、如何(いかに)か是れ十身調御(じょうご)。師云く、壇越(だんのつ)、毘廬の頂上を踏み行け」とあり、これが禅宗の人々にもてはやされていた。
 粛宗帝が国師に、何をもって十身調御というのかと質問したのに対して、国師が壇越よ、毘盧遮那仏の頂(いただき)を踏み越えて行け、と答えたというところである。
 粛宗帝とは唐の第七代皇帝、この国師とは慧忠で、碧巌録は禅宗の教えを要約した書として尊ばれた。
 ここで十身調御というのは禅宗で説く十種類の仏身を統御する境地のことである。粛宗帝がその境地を得るにはどうすればよいのかと問うたのに対し、慧忠は、毘盧遮那仏の頂を踏み超えて行けばその境地に達することができると答えたという。しかも、これは慧忠の個人的見解としてすまされるのではなく、まさに、ここに禅を修する者の根本的精神があるとされたのである。
 この禅宗の教義に対して、まず、そもそも毘廬とはいったい何者と考えているのかと問い返されている。そして、もし毘盧遮那仏を「周遍法界の法身」すなわち、法界(宇宙)を周(めぐ)り遍(あまね)く行き渡る宇宙そのものの法身仏(真理そのもの)と解釈しているのならば、山川、大地などすべての自然の事物・現象はみな毘盧遮那仏の身体と国土ということになるから、犬や狐などの類(たぐい)ですら毘廬の頂上を踏んでいるわけで、「毘廬の頂上を蹋む」という教義も「禅宗の規模(きも)に非ず」、すなわち、何も禅宗が誇りとするような教義でも何でもないことになる。
 次に、もし毘盧遮那仏を、現実に「仏」として現れた釈尊と理解し、その頂を踏むということを意味するならば、梵天ですら仏の頂を見ることができないと説かれている。これは仏の三十二相の一つ、無見頂相をふまえられたもので、色界の天にいる梵天王でさえも、仏の頂を見下ろすことはできず、梵天王の視線より上にあるというのである。その偉大な仏の頂を「薄地」すなわち欲界の九品のうち六品までしか断じていない下劣な凡夫に、どうして踏むなどということができるであろうか、と破折されている。
 そして改めて、仏は一切衆生にとって、主師親三徳の広大な恩徳のある存在であり慈父である。その仏の頂を踏むというのは不孝であり、逆罪を犯す大悪人ということになる。そのような愚人や悪人は仏教以外の教えである儒教の孔子の書物のなかですら排斥されているのであるから、いわんや内道である仏の正法においては排斥されるのは当然であるとされ、どうしてそのような道理に反する邪法や邪類を讃嘆して無量の重罪を作ってよいであろうかと一蹴されている。
 そして、仏在世の迦葉は「頭頂礼敬(ずちょうらいきょう)」といって自分の頭の頂(いただき)を仏の足につけて礼をなしても、仏の大恩に報いることはできないといっているのに、仏滅後の愚かな禅宗の輩は、迦葉とは反対に、仏の頭頂を踏むという増上慢に陥っているのは恐るべきことであると結ばれている。

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