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真言見聞・第九章 重ねて法華経の秘密なるを示す

             真言見聞

      第九章 重ねて法華経の秘密なるを示す

本文(一四五㌻一行~一四五㌻一六行)
 しかのみならず真言の高祖・竜樹菩薩・法華経を秘密と名づく二乗作仏(にじょうさぶつ)有るが故にと釈せり、次に二乗作仏無きを秘密とせずば真言は即ち秘密の法に非ず、所以(ゆえん)は何(いか)ん大日経に云く「仏・不思議真言相道の法を説いて一切の声聞・縁覚を共にせず亦(また)世尊普(あまね)く一切衆生の為(ため)にするに非ず」云云、二乗を隔(へだ)つる事前四味(ぜんしみ)の諸教に同じ、随つて唐決には方等部(ほうどうぶ)の摂(せつ)と判ず経文には四教含蔵(がんぞう)と見えたり。
 大論第百巻に云く第九十品を釈す「問うて曰く更に何(いず)れの法か甚深にして般若に勝れたる者有つて般若を以て阿難に嘱累(ぞくるい)し而(しか)も余の経をば菩薩に嘱累するや、答えて曰く般若波羅蜜は秘密の法に非ず而も法華等の諸経に阿羅漢の受決作仏(じゅけつさぶつ)を説いて大菩薩能(よ)く受用(じゅゆう)す譬えば大薬師の能く毒を以て薬と為すが如し」等云云。
 玄義の六に云く「譬えば良医(ろうい)の能く毒を変じて薬と為すが如く二乗の根敗(こんぱい)反(ま)た復すること能(あた)わず之を名づけて毒と為す今経に記を得るは即ち是れ毒を変じて薬と為す、故に論に云く余経は秘密に非ずとは法華を秘密と為せばなり、復(また)本地(ほんじ)の所説有り諸経に無き所後に在つて当(まさ)に広く明すべし」云云。
 籤(せん)の六に云く「第四に引証の中・論に云く等と言うは大論の文証なり秘密と言うは八教の中の秘密には非ず但是れ前に未だ説かざる所を秘と為し開し已(おわ)れば外(ほか)無きを密と為す」文。
 文句(もんぐ)の八に云く「方等般若に実相の蔵を説くと雖(いえど)も亦(また)未だ五乗の作仏(さぶつ)を説かず亦未だ発迹顕本(ほっしゃくけんぽん)せず頓漸(とんぜん)の諸経は皆未だ融会(ゆうえ)せず故に名づけて秘と為す」文。
 記の八に云く「大論に云く法華は是れ秘密・諸の菩薩に付すと、今の下の文の如きは下方を召すに尚本眷属(ほんけんぞく)を待つ験(あきら)けし余は未だ堪えざることを」云云。
 秀句の下に竜女の成仏を釈して「身口密(しんくみつ)なり」と云えり云云、此等の経論釈は分明(ふんみょう)に法華経を諸仏は最第一と説き秘密教と定め給へるを経論に文証も無き妄語を吐き法華を顕教と名づけて之を下し之を謗(ぼう)ず豈(あに)大謗法に非ずや。

通解
 それだけでなく真言宗の高祖・竜樹菩薩は「法華経を秘密と名づける。それは二乗作仏が説かれているゆえである」と釈している。
 次に二乗作仏がないことを秘密としないとするならば、真言は秘密の法ではないことになる。その理由は何かというと、大日経に「仏は(菩薩に対して)不思議な真言の相と道の法を説いて、一切の声聞と縁覚と座を共にしない。また世尊はあまねく一切衆生のためにこの経を説法するのではない」とあるからである。(このように)二乗を嫌うことは前四味の爾前の諸経と同じであり、したがって唐決には(大日経は)方等部に属すると判定しているのである。大日経の経文には蔵・通・別・円の四教を含むということが明らかである。
 大智度論百巻(嘱累品第九十を釈するところ)に「問うていう。これ以外に甚深(じんじん)にして般若経よりも勝れているどのような法があって、般若経を阿難に付嘱し、しかもそのほかの経をば菩薩に付嘱するのか。答えていう。般若波羅蜜経は秘密の法ではない。しかも法華経等の諸経に阿羅漢の未来成仏の記別を説いており、大菩薩がよく受持する。例えば大薬師がよく毒をもって薬とするようなものである」等とある。
 法華玄義の巻六に「譬えば良医がよく毒を変じて薬とするようなものである。二乗は五根を敗壊(はいえ)しており復元することができない。これを名づけて毒という。今経(法華経)で二乗が記別を得るのは毒を変じて薬とするようなものである。ゆえに大智度論に、そのほかの諸経は秘密ではないとするのは法華経のみを秘密とするからであると説いている。また法華経には久遠本地の所説があるが、諸経にはない。このことについては後に詳しく説明しよう」とある。
 法華玄義釈籤(しゃくせん)の巻六に「第四に(法華経が妙で諸経が麤(そ)であるとの)文証の引用の中で、『論に云く』等というのは大智度論の文証である。秘密というのは化儀の四教と化法の四教の八教の中の秘密教ではない。ただこれは法華経以前に未だ説かなかったところを秘といい、これを開き終わった後はそれ以外にはないのを密という」とある。
 法華文句の巻八に「方等経・般若経に実相の教えを説くといえども、また未だ五乗の作仏を説かず、また未だ発迹顕本していない。頓(とん)教・漸(ぜん)教の諸経は皆末だ融通会入(ゆうずうえにゅう)しない。ゆえに名づけて秘という」とある。
 法華文句記の巻八に「大智度論には、法華経は秘密であり、もろもろの菩薩に付嘱すると言っている。今の下(涌出品)の文は、下方の菩薩を召すのは本眷属の弟子を待つということでもある。そのほかの迹化の菩薩は未だ法華経を弘通することに耐えられないことが明らかである」とある。
 法華秀句の巻下に竜女の成仏を釈して「身口密である」と述べている。これらの経論釈は明らかに諸仏は法華経を最第一と説き秘密教と定められたのに、真言宗では経論に文証もない妄語を吐き法華経を顕教と名づけて、これを見下し謗(そし)っているのである。これはまさに大謗法ではないか。

語訳
竜樹菩薩
 梵名ナーガールジュナ(Nāgārjuna)の漢訳。付法蔵の第十四。一五〇年頃~二五〇年頃の南インド出身の大乗論師。のちに出た天親菩薩と共に正法時代後半の正法護持者として名高い。はじめは小乗教を学んでいたが、ヒマラヤ地方で一老比丘より大乗経典を授けられ、以後、大乗仏法の宣揚に尽くした。著書に「十二門論」一巻、「十住毘婆沙論」十七巻、「中観論」四巻等がある。

二乗作仏(にじょうさぶつ)
 二乗(声聞・縁覚)が成仏すること。法華経迹門で初めて説かれる。爾前の諸経では、二乗は自己の解脱に執着し利他に欠けるとして、永久に成仏できないとされていた。法華経迹門では、一念三千の法門(あらゆる衆生が成仏できるという法理)が説かれ、初めて成仏の記別が与えられたことをいう。

大日経
 大毘盧遮那成仏神変加持経(だいびるしゃなじょうぶつしんぺんかじきょう)の略。中国・唐代の善無畏訳。七巻。一切智を体得して仏果を成就するための菩提心、大悲、種々の行法などが説かれ、胎蔵界曼荼羅が示されている。金剛頂経、蘇悉地経と合わせて真言三部経、また三部秘経といわれ、真言宗の依経となっている。

不思議真言相道の法
 不可思議な悟りを得ることのできる真言の相(真言の字義の実相)と真言の道(真言を書写した文字を加持すること)を説いた法のこと。大日経巻二には「仏不思議の真言の相と道の法を說き給う。一切の声聞緣覚の法に共(ぐう)ぜず、亦(また)普(あまね)く一切衆生の為(ため)に非ず」とあり、二乗作仏をはっきり否定している。

大論第百巻
 大智度論百巻のこと。竜樹造と伝えられる。姚秦(ようしん)の鳩摩羅什(くまらじゅう)訳。摩訶般若波羅蜜経釈論ともいう。内容は摩訶般若波羅蜜経(大品般若経)を注釈したもので、序品を第一巻から第三十四巻で釈し、以後一品につき一巻ないし三巻ずつに釈している。大品般若経の注釈にとどまらず、法華経などの諸大乗教の思想を取り入れて般若空観を解釈し、大乗の菩薩思想や六波羅蜜などの実践法を解明しており、単に般若思想のみならず仏教思想全体を知るための重要な文献であるとともに、後の一切の大乗思想の母体となった。

玄義
 法華玄義(ほっけげんぎ)の略。正しくは妙法蓮華経玄義。十巻。中国・隋代の天台大師智顗(ちぎ)が講じ、章安大師灌頂(かんじょう)が記したもの。法華経の題号である妙法蓮華経の玄義(奥深い意味、深玄な意義)を明かした書。妙法蓮華経の題号は一経の全意をあらわすという考えから、五重玄義(釈名(しゃくみょう)・弁体(べんたい)・明宗(みょうしゅう)・論用(ろんゆう)・判教(はんぎょう)〔名・体・宗・用・教〕の五つの観点)を用いて題号の意義を明らかにし、法華経の内容を総括的に示している。
〈追記〉
 御書においては、天台三大部六十巻を語尾の文字を以て示されている。
天台 法華文句[文句]法華玄義[玄義] 摩訶止観[止観]
妙楽 法華文句記[記]法華玄義釈籤[籤]止観輔行伝弘決[弘決]

籤(せん)
 法華玄義釈籤(ほっけげんぎしゃくせん)の略。十巻(または二十巻)。中国・唐代の妙楽大師湛然(たんねん)述。天台大師の法華玄義の註釈書。天台山で法華玄義を講義した時に学徒の籤問(疑問箇所に籤[付箋(ふせん)]をつけて意味を質すること)に答えたものを基本とし、後に修正を加えて整理したもの。引用文の出典を明示し、注釈は極めて詳細で、天台大師の教義を拡大補強している。また当時盛んであった華厳宗・法相宗などを破折して法華最第一の義を強調している。

文句(もんぐ)
 法華文句(ほっけもんぐ)の略。中国・隋代の天台大師智顗(ちぎ)が講じ、章安大師灌頂(かんじょう)が記したもの。十巻(各巻に上下あるため二十巻ともする)。妙法蓮華経八巻の文々句々について、天台大師独自の釈経方法である因縁・約教(やっきょう)・本迹・観心の四釈を示している。

五乗の作仏(さぶつ)
 五乗(人・天・声聞・縁覚・菩薩)の衆生がことごとく成仏すること。爾前権教では、五乗の衆生それぞれの機根にしたがって教法が説かれていた。ところが、法華経方便品第二に至り、三乗・五乗の法は方便であってその方便を開き顕し、三乗・五乗の法そのまま唯一仏乗(ゆいいちぶつじょう)(真実の教え)であるとされる。すなわち三乗・五乗と仏乗は別なものではなく、等しき一実相に帰入する。法華経薬草喩品第五では、三草二木の譬(たとえ)をもって五乗の開会が明かされている。

発迹顕本(ほっしゃくけんぽん)
 垂迹(仮の姿)を開いて本地(真実の姿)を顕すこと。発は開の義。①法華経如来寿量品第十六において、釈尊が始成正覚(しじょうしょうがく)という迹を開いて久遠実成(くおんじつじょう)という本地を顕したことを、天台大師智顗が説明した言葉。②さらに、日蓮大聖人の発迹顕本とは、御自身が竜の口の法難を機に、宿業や苦悩を抱えた凡夫という迹を開き、生命にそなわる本源的な慈悲と智慧にあふれる仏(久遠元初(くおんがんじょ)の自受用報身如来(じじゅゆうほうしんにょらい))という本地を凡夫の身のままで、顕されたことをいう。ここでは①の意。

頓漸(とんぜん)の諸経
 頓教と漸教の経々のこと。衆生を説法教化する二種の方式を示す。いずれも天台大師所立の化儀の四教(頓・漸教・秘密・不定)の一つ。衆生の機根に合わせて徐々に真実へ誘引する説き方を漸教(ぜんきょう)というのに対し、誘引の方法をとらず直ちに内証の悟りを説き明かす方式を頓教(とんきょう)という。釈尊一代説法に当てはめると、華厳時の教えが頓教にあたり、阿含・方等・般若時の教えが漸教となる。これに対して法華経は漸・頓の教えをすべて包含するから、八教を超えた教えとし、超八の円という。


 法華文句記(ほっけもんぐき)の略。十巻(あるいは三十巻)。中国・唐代の妙楽大師湛然(たんねん)述。天台大師の法華文句の註釈書。

本眷属
 仏の本来の眷属のこと。眷属は梵語パリヴァーラ(parivāra)の訳。親しく従う者の意で、①一族・親族、②従者・配下、③仏・菩薩に従う脇侍(きょうじ)・諸尊などをいう。ここでは法華経従地涌出品第十五において、釈尊の呼び掛けに応えて、娑婆世界の大地を破って下方の虚空から涌き出てきた地涌の菩薩たち(『妙法蓮華経並開結』四五二㌻以下 創価学会刊)をさす。

秀句
 法華秀句(ほっけしゅうく)の略。伝教大師最澄の著述。三巻(または五巻)。弘仁十二年(八二一年)成立。法華経が諸経より優れていることを、十点(法華十勝)を挙げて説き示し、当時流行していた法相・三論・華厳・真言など諸宗の邪義を破折している。特に、法相宗の得一(とくいつ)(徳一・徳溢)が法華経を誹謗したことを糾弾している。

秘密教
 深奥で、容易に人に示さない教え。すなわち、最も優れた経教のこと。①天台所立の化儀の四教(頓教・漸教・秘密教・不定教)の一つ。②円教の別名。とくに法華経をいう。円教の法門は深遠で、二乗が今までに見聞したことがないところから、こう呼ばれる。③真言密教のこと。ここでは②の意。

講義
 この段では前の文に続いて、二乗作仏と久遠実成の二大法門(記小久成(きしょうくじょう))を説く法華経こそ真の秘密の法であることを経・論・釈のさまざまな文を引用しつつ重ねて明らかにされ、併(あわ)せて真言を秘密とする邪義を破られている。まず、真言宗が自宗の高祖と仰ぐ竜樹菩薩が、大智度論で法華経は二乗作仏を説くゆえに秘密と名づけると釈していることを挙げられている。次いで、二乗作仏を説かないことが真言の場合の秘密、すなわち隠密の密であると述べられ、その文証として大日経自体に「一切の声聞・縁覚の二乗を成仏の道から除外する」としている文を引用されている。二乗を分け隔(へだ)てする点で大日経は爾前四味の諸経と同じであるので、唐決において方等部(ほうどうぶ)に属すると判定されたのであると述べられ、したがって、蔵・通・別・円の四教を並立して説いた権教方便にすぎないと第四章で明らかにされたことを重ねて強調されている。
 次に、同じ大智度論百巻の一文を引用される。その趣旨は「仏は般若波羅蜜を秘密の法でないから二乗の阿難に付嘱したのに対し、法華経は〝阿羅漢の受決作仏〟(二乗作仏)を説く最高秘密の経であるからこれをよく受け入れることのできる大菩薩に付嘱した」というものであり、そのことを偉大な薬師が毒を変じて薬と為すこと(変毒為薬)に譬えている。次いで、この変毒為薬について釈した天台大師の法華玄義巻六下の文を引用される。その内容は〝二乗の根敗(こんぱい)〟、すなわち、二乗が自身の色心を滅失して五根が敗れ壊(こわ)れ、回復不可能な状態になってしまったことを毒とするのであり、その二乗が法華経において未来成仏の記別を受けることができたことは毒を変じて薬と為したようなものであるとするとともに、大智度論で法華経以外の経を秘密とせず、法華経のみを秘密とする理由はまさに二乗作仏にあると釈している。更に〝本地の所説有り〟として、法華経には仏の本地である久遠実成を説いているが諸経には説かれていないことを付け加えている。更に、この法華玄義の文を釈した妙楽大師の法華玄義釈籤(しゃくせん)巻六の文を引用されている。ここでは大智度論にいう秘密が化法の四教(蔵・通・別・円)・化儀の四教(頓・漸・秘密・不定)の八教の内の、特に化儀の四教の中の秘密教をさすのではないとしたうえで、秘密の〝秘〟が法華経以前の権教では真実の法門(二乗作仏と久遠実成)を説かなかったことをさし、〝密〟は法華経で権教を開いて真実を顕し(開権顕実)おわると、これとは別に実があるわけではないことをさすと釈している。
 秘密の〝秘〟については更に天台大師の法華文句(もんぐ)巻八の文を引用されている。そこでは、方等部や般若部の経々では、深い実相の教えを部分的に説いていても、人・天・声聞・縁覚・菩薩の五乗すべての成仏、なかんずく二乗の成仏を説かず、仏自身も垂迹の仮の姿を開いて本地である久遠実成の仏身を顕していないことから、頓教・漸教の諸経(方等部・般若部の経々)は皆それぞれに障(さわ)りがあって真理に通じていないところをさして〝秘〟というと釈している。
 次いで、妙楽大師の法華文句記(き)巻八を引用されているが、ここでは、大智度論で「法華経は秘密の法であるからもろもろの菩薩に付嘱された」と説いているのを受けて、この菩薩とは法華経・涌出品で下方から出現する久遠実成の仏の本眷属である地涌の菩薩たちをさしており、それ以外の菩薩たち(迹化)は法華経を付嘱される任に耐えないことを表していると釈している。この記の文は久遠実成の法門が法華経のみに説かれたゆえに法華経が秘密の教であるということの文証として引かれている。
 最後に、伝教大師が法華秀句巻下において、法華経提婆達多品の竜女の成仏について、身口意の三密のうちの身口の二密を表していると釈した文を引用されている。
 以上、引用された経・論・釈によって法華経こそ最第一の秘密教であるというのが仏法の正統の説であると述べられ、これに対して真言宗は経・論の文証のない偽りの言葉によって、法華経を顕教と名づけて下し誹謗しているのであり、これは大謗法ではないかと破折されている。

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