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真言見聞・第八章 真言が隠密なるを示し破す

             真言見聞

       第八章 真言が隠密なるを示し破す

本文(一四四㌻一二行~一四五㌻一行)
 顕密(けんみつ)の事、無量義経十功徳品に云く第四功徳の下「深く諸仏秘密の法に入り演説す可(べ)き所違(しょい)無く失(とが)無し」と、抑(そもそも)大日の三部を密教と云ひ法華経を顕教と云う事金言の所出を知らず、所詮真言を密と云うは是の密は隠密(おんみつ)の密なるか微密(みみつ)の密なるか、物を秘するに二種有り一には金銀等を蔵に籠(こ)むるは微密なり、二には疵(きず)・片輪等を隠すは隠密なり、然れば則ち真言を密と云うは隠密なり其の故は始成(しじょう)と説く故に長寿を隠し二乗を隔(へだ)つる故に記小(きしょう)無し、此の二は教法の心髄・文義(もんぎ)の綱骨なり、微密の密は法華なり、然れば則ち文に云く四の巻法師品に云く「薬王此の経は是(こ)れ諸仏秘要の蔵なり」云云、五の巻安楽行品に云く「文殊師利・此の法華経は諸仏如来秘密の蔵なり諸経の中に於て最も其の上(かみ)に在り」云云、寿量品に云く「如来秘密神通之力」云云、如来神力品に云く「如来一切秘要之蔵」云云。

通解
 顕教と密教のこと。無量義経十功徳品第三(この経の第四の功徳不可思議の力が説かれているところ)に「(この菩薩は)深く諸仏の秘密の法に入って、演説するところに間違いがなく欠けるところがない」とある。
 そもそも大日の三部経を密説といい、法華経を顕教ということは、根拠となる仏の金言を知らない。結局のところ、真言を密ということは、この密は隠密(おんみつ)の密をさすのか。あるいは微密(みみつ)の密をさすのか。物を秘する場合に二種類がある。一つには金銀等を蔵に収めることは微密の意である。二つには疵(きず)や不具などを隠すことは隠密の意である。だから、真言を密というのは隠密の意である。そのゆえは、始成正覚(しじょうしょうがく)と説くゆえに長寿(久遠実成)を隠し、二乗を嫌うゆえに二乗作仏の授記がない。この久遠実成と二乗作仏の二つは仏の教法の心髄であり、文義の綱骨である。微密の密は法華経である。だから法華経の第四巻の法師品第十に「薬王、この経は諸仏の秘要の蔵である」とある。第五巻の安楽行品第十四に「文殊師利、この法華経は、諸仏如来の秘密の蔵である。諸経の中において最もその上に在る」とある。如来寿量品第十六に「如来の秘密神通の力」とある。如来神力品第二十一に「如来の一切の秘要の蔵」とある。

語訳
顕密(けんみつ)の事
 顕教と密教という論議について、の意。大智度論巻四の「仏法に二種あり、一には秘密、二には顕示」の文を根拠に、真言宗(東密)が自宗の優位性を主張するのに立てた。弘法の弁顕密二教論等に説かれる。そこでは、釈尊を教主とする四諦・十二因縁・六度万行の法門を顕教とし、大日如来を教主とする金剛・胎蔵両部の法門を密教とする。顕とは顕了(けんりょう)の義で、報身・応身の釈迦仏が衆生の機に応じてあらわに説いた随他意の法門をさし、密とは秘奥幽妙の義で、法身の大日如来が自受法楽のために説いた三密(身密・語密・意密)の法門をさし、その内容は表面からは知りがたいので秘密というとしている。これに対し、日本天台宗(台密)の顕密の立て方は慈覚の蘇悉地経略疏などに見られる。そこでは、三乗教を顕教、一乗教を密教とし、密教のうち華厳・法華などの経典は世俗と勝義(世俗の義に勝る深妙の理)とが不二であるという理のみを説いて真言・印相などの具体的な事柄については説いていないので理密教(理秘密教)であり、大日経・金剛頂経・蘇悉地経などの経典はその両方を説いた事理俱密教(じりくみつきょう)であるゆえに勝れているとしている(理同事勝)。しかし、台密のなかには、後に法華と大日とは同一円教であり、優劣はないとする説も出現した。

無量義経十功徳品
 無量義経の十功徳品第三のこと。無量義経は中国・蕭斉(しょうせい)代の曇摩伽陀耶舎(どんまかだやしゃ)訳。一巻。法華経の開経とされる。十功徳品第三は無量義経の流通分(るつうぶん)にあたる。無量義経を修行することによって無量の功徳を得ることを明かし、十種の不思議の功徳力を説いている。①浄心(じょうしん)不思議力(機根に応じて種々の善心を起こさせる)②義生(ぎしょう)不思議力(一偈一句でも聞けば無数の義に通達できる)③船師(せんし)不思議力(自らも生死を恐れず、衆生が生死を超えるのを助ける)④王子(おうじ)不思議力(一句でも説く人は、他の人を救う真実の菩薩となる)⑤竜子(りゅうし)不思議力(受持・読誦・書写する人は大菩薩となる)⑥治等(じとう)不思議力(自分は煩悩を具していても、衆生の一切の苦を断ずることができる)⑦封賞(ほうしょう)不思議力(六波羅蜜を修行していなくても六波羅蜜が自然に具わる)⑧得忍(とくにん)不思議力(無生法忍を得て無上菩提を成就する)⑨抜済(ばつさい)不思議力(宿業を一時に滅尽し、三昧を得て十方国土に分身散体し、極苦の衆生を救う)⑩登地(とうじ)不思議力(大願を起こし大悲を成就し、すべての衆生を利益し救う)。

第四功徳の下
 無量義経十功徳品第三に説かれる十種の功徳のうち、第四・王子不思議力の段落の文(『妙法蓮華経並開結』五〇㌻ 創価学会刊)にあることを示す。

顕教
 真言宗が密教以外の仏教の教えを指すのに用いた語。明らかに説かれた教えを意味する。もとは弘法が自身の教判として用い、衆生を導くために応身・化身(ここではそれぞれ報身・応身にあたる)としての姿を現した如来が衆生の機根に従って明らかに説いた仮の教えを顕教と呼び、法身の如来が真理をひそかにそのまま示した教えを密教としたことに由来する。後に日本仏教で一般的に用いられ、顕密と併称して日本仏教全般を意味する。慈覚以降の天台密教は、顕教と密教が教理の上で究極的には一致すると説くが、別しては印と真言といった事相を説く密教の方が顕教より優れているとする。

薬王
 薬王菩薩のこと。衆生に良薬(ろうやく)を施して、身心の病を治す菩薩。法華経では法師品第十などの対告衆。勧持品第十三では、釈尊が亡くなった後の法華経の弘通を誓っている。薬王菩薩本事品第二十三には、過去世に一切衆生憙見菩薩(いっさいしゅじょうきけんぼさつ)として日月浄明徳仏のもとで修行し、ある世では身を焼き、また次の世では七万二千歳の間、腕を焼いて燈明(とうみょう)として仏に供養したことが説かれている(ちなみに経文には「臂(ひじ)」〈『妙法蓮華経並開結』五九一㌻~五九二㌻ 創価学会刊〉を焼いたと記されているが、漢語の「臂」は日本語でいう腕にあたる)。

文殊師利(もんじゅしり)
 文殊師利菩薩のこと。文殊師利は梵名マンジュシュリー(Mañjuśrī)の音写。妙徳、妙首、妙吉祥と訳す。迹化の菩薩の上首であり、獅子に乗って釈尊の左脇に侍し、智・慧・証の徳を司る。法華経序品第一で六瑞が法華経の説かれる瑞相であることを示し、同提婆達多品第十二で沙竭羅竜王の王宮に行き、女人成仏の範を示した竜女を化導している。

「如来秘密神通之力(にょらいひみつじんずうしりき)」
 法華経如来寿量品第十六の文。同品の冒頭では、弥勒菩薩の要請に応じて釈尊が「汝等(なんだち)よ。諦(あきら)かに聴け。如来の秘密・神通の力を」(『妙法蓮華経並開結』四七七㌻ 創価学会刊)と述べ、その後、釈尊が久遠の昔から仏であり、方便として入滅するけれども、実はこの娑婆世界に常住しており、妙法を強盛に信じる者には現れてくることが説かれる。「御義口伝」に「今日蓮等の類(たぐ)いの意は即身成仏と開覚するを如来秘密神通之力とは云うなり、成仏するより外の神通と秘密とは之れ無きなり」(七五三㌻)と仰せのように、如来の秘密の法とは、万人を成仏させる妙法である。

講義
 この段から、いよいよ真言密教の邪義の一つ一つを具体的に破折され、門下の対真言問答のための指針とされていくのである。ここでは、まず、大日経等の真言三部経が密教で勝れ、法華経は顕教で劣るとする真言の邪義を破折されている。
 初めに、法華経の開経である無量義経十功徳品第三に「深く諸仏の秘密の法に入って」(『妙法蓮華経並開結』五〇㌻ 創価学会刊)とあるのを挙げて、仏は法華経こそ秘密の法と述べていることを示され、大日経等の三部経を密教とし、法華経を顕教とする真言宗の主張は、いったい、いかなる仏の金言を根拠にしているのかと、文証の裏付けのない勝手なきめつけであることを指摘されている。
 次いで、道理(理証)の面から破折される。まず、真言が自らを密教というが、〝密〟に微密(みみつ)の密と隠密(おんみつ)の密の二義があるうち、どちらの〝密〟なのかと詰問されている。譬えていえば、大切な金銀等の宝物が蔵にしまわれている場合が「微密」であるのに対し、人に知られたくない疵(きず)や欠点などを隠しているのが「隠密」であるとされている。同じく人目につかないようにされていても、これが尊く大事なものか、見られたくない欠陥であるかで全く違うとの、極めて分かりやすい御指摘である。
 大聖人は「真言を密と云うは隠密なり」と断定されている。その理由としては「始成(しじょう)と説く故に長寿を隠し二乗を隔(へだ)つる故に記小(きしょう)無し」とあるように、真言の教義の不具や疵を指摘されている。それは仏(大日如来)の命を始成正覚と説いて、久遠以来の長い寿命を持(たも)っていること(久遠実成)を説いていないという疵であり、声聞・縁覚の二乗を成仏から隔てている(二乗不作仏)という欠陥である。つまり、記小(小乗=二乗の作仏授記のこと)と久成(くじょう)(久遠実成のこと)の双方ともにないという疵を大日経等の三部経は隠しているからである。「此の二は教法の心髄・文義(もんぎ)の綱骨なり」と仰せのように、二乗作仏と久遠実成は一代仏教の真髄で根本であり、これを金銀等のような大切なものとして秘蔵しているのが法華経である。すなわち法華経は、隠密の密ではなく微密の密の教えであるということになるのである。
 そのように、法華経が真の秘密の法であることを示す文として、法華経の法師品第十、安楽行品第十四、如来寿量品第十六、如来神力品第二十一の四文を引用されている。

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