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真言見聞・第六章 門下の肝心は謗法呵責にあるを示す

             真言見聞

     第六章 門下の肝心は謗法呵責にあるを示す

本文(一四三㌻一二行~一四四㌻一行)
 密家(みっけ)に四句の五蔵を設けて十住心を立て論を引き伝を三国に寄せ家家の日記と号し我が宗を厳(かざ)るとも皆是れ妄語胸臆(くおく)の浮言(ふげん)にして荘厳己義(しょうごんこぎ)の法門なり、所詮法華経は大日経より三重の劣・戯論(けろん)の法にして釈尊は無明纒縛(むみょうてんばく)の仏と云う事慥(たしか)なる如来の金言経文を尋ぬ可(べ)し、証文無くんば何と云うとも法華誹謗の罪過を免(まぬか)れず此の事当家の肝心なり返す返す忘失する事勿(なか)れ。
 何(いず)れの宗にも正法誹謗の失(とが)之有り対論の時は但(ただ)此の一段に在り仏法は自他宗異ると雖(いえど)も翫(もてあそ)ぶ本意は道俗・貴賤・共に離苦得楽・現当二世の為なり、謗法に成り伏して悪道に堕つ可くば文殊の智慧・富楼那(ふるな)の弁説一分も無益(むやく)なり無間(むけん)に堕つる程の邪法の行人にて国家を祈禱せんに将(は)た善事を成す可きや。
 顕密対判の釈は且(しば)らく之を置く華厳に法華劣ると云う事能(よ)く能く思惟(しゆい)す可きなり。

通解
 密教の宗家(真言宗)では四句と五蔵判を設け、また十住心を立て、論を引き、インド・中国・日本の三国に伝来した教えであるとし、家々の日記にあるといって、自分の宗を飾るけれども、すべてこれは偽りの言葉であり胸中に勝手に抱(いだ)いた根拠のない言い分であり、自分の説を飾り立てた法門である。つまるところ法華経は大日経より三重に劣り、たわむれに論じた法であって、釈尊は無明に纏(まと)われ縛(しば)られた仏といっているが、それを裏付ける確かな如来の金言である経文はあるのかと追及すべきである。証拠の経文がなければ、何といおうとも法華経を誹謗する罪過を免れない。このことはわが宗の肝心である。くれぐれも忘れることがあってはならない。
 いずれの宗にも正法誹謗の罪がある。対論の時はただこの一段を責めるべきである。仏法は自宗・他宗と異なっているけれども、仏法を学び修行する本意は僧と在家、また貴い人と賤しい人を問わず、現在と未来にわたって苦を離れ楽を得るためである。謗法を犯して悪道に堕ちるならば、文殊の智慧や富楼那(ふるな)の弁説も全く無益である。無間地獄に堕ちるほどの邪法の行者が国家を祈禱しても、どうして善事をなすことがあろうか。
 顕教・密教の勝劣の判別の釈はしばらく差し控えるが、華厳経に法華経が劣るということは、よくよく考えるべきである。

語訳
四句の五蔵
 真言宗では、四句を論じ、五臓を立てて一切経を教判していること。四句は義釈の四句(唯蘊無我心(ゆいうんむがしん)・覚心不生心・極無自性心・如実知自心)、五臓は経蔵・律蔵・論蔵・慧蔵・秘蔵のこと。

十住心
 弘法が「秘密曼荼羅十住心論」を著して立てた教判。秘蔵宝鑰にも略説されている。大日経住心品に十種の衆生の心相が説かれているとして、それに世間の道徳・諸宗を当てはめ、菩提心論によって顕密の優劣を判じ、真言宗が最高の教えであることを示そうとしたもの。①異生羝羊住心(いしょうていようじゅうしん)(凡夫が雄羊のように善悪因果を知らず本能のまま悪行をなす心)・②愚童持斎住心(ぐどうじさいじゅうしん)(愚童のように凡夫善人が人倫の道を守り五戒・十善等を行う心)・③嬰童無畏住心(ようどうむいじゅうしん)(嬰童は愚童と同意で現世を厭(いと)い天上の楽しみを求めて修行する位をいう。外道の住心)・④唯蘊無我住心(ゆいうんむがじゅうしん)(唯蘊はただ五蘊〔五陰と同じ〕の法のみ実在するという意で、無我はバラモン等の思想を離脱した声聞の位のこと。すなわち出世間の住心を説く初門で、小乗声聞の住心)・⑤抜業因種住心(ばつごういんじゅじゅうしん)(十二因縁を観じて悪業を抜き無明を断ずる小乗縁覚の住心)・⑥他縁大乗住心(たえんだいじょうじゅうしん)(他縁は利他を意味し、一切衆生を救済しようとする利他・大乗の住心のこと。法相宗の立場)・⑦覚心不生住心(かくしんふしょうじゅうしん)(心も境も不生すなわち空であることを覚る三論宗の住心)・⑧一道無為住心(いちどうむいじゅうしん)(一仏乗を説く天台宗の住心)・⑨極無自性住心(ごくむじしょうじゅうしん)(究極の無自性〔固定的実体のないこと〕・縁起を説く華厳宗の住心)・⑩秘密荘厳住心(ひみつしょうごんじゅうしん))(究極・秘密の真理を悟った真言宗の住心。大日如来の所説で、これによって真の成仏を得ることができるとした)。

三重の劣
 弘法は「秘密曼荼羅十住心論」において真言宗を最上とし、他宗をその下に位置づけた。具体的には、第六を法相宗、第七を三論宗、第八を天台宗(法華経)、第九を華厳宗(華厳経)、最上の第十を真言宗(大日経)に配立した。法華経は華厳経よりも劣り、さらに大日経に比べると三重の劣であると下したのである。これに対して日蓮大聖人は本抄で、その根拠のないことを戒められている。

文殊の智慧
 文殊師利菩薩の智慧のこと。文殊師利は梵語マンジュシュリー(Mañjuśrī)の音写。妙徳、妙首、妙吉祥と訳す。文殊菩薩の智慧は、諸仏要集経巻下に「博聞(はくもん)第一」とあるように、諸菩薩の中で最も勝れているとされる。一般に非常に勝れた智慧にたとえる。迹化の菩薩の上首であり、獅子に乗って釈尊の左脇に侍し、智・慧・証の徳を司る。法華経序品第一で六瑞が法華経の説かれる瑞相であることを示し、同提婆達多品第十二で沙竭羅竜王(しゃかつらりゅうおう)の王宮へ行き、女人成仏の範を示した竜女を化導している。

富楼那(ふるな)の弁説
 富楼那は梵名プールナマイトラーヤニープトラ(Pūrṇamaitrāyaṇīputra)、富楼那弥多羅尼子(ふるなみたらにし)と音写し、その略名。釈迦十大弟子の一人で説法第一。聡明で弁論に長じ、その弁舌の巧みさをもって証果より、涅槃に至るまで九万九千人を度したといわれる。後世、弁舌の勝れていることを称して富楼那の弁という。

講義
 ここからは、これまでの四つの問答を受けて、真言密教の教義を破折されながら門下の対真言問答のための備えとされていくのであるが、ここではその前段階として、正法誹謗を呵責することこそ日蓮門下の肝心であると、基本的な心構えを述べられている。
 まず、真言密教の源である中国の善無畏と日本の弘法の立てた一代仏教の分類や判釈(四句、五蔵、十住心)、更にはインドの論師の論を引用したり、真言がインド・中国・日本の三国伝来の仏教であると述べていることなどは、ことごとく妄語憶説で、「荘厳己義(しょうごんこぎ)」すなわち自分の教義を飾り立てるためだけに立てた法門にすぎないと断じられている。なかでも、法華経は大日経より三重に劣る経で戯論(けろん)の法であるとしたり、釈尊は大日如来に比べると無明に束縛された仏であるとする邪義に対しては、その確かなる証拠が如来の金言・経文のどこにあるかを追及すべきであると言われ、もし文証がなかったならばどのように理屈を言おうが、法華誹謗つまり謗法の罪過は免れないこと決定的であるから、正法誹謗の罪過を呵責(かしゃく)することで白日の下にさらすことが「当家の肝心」、すなわち、大聖人門下の肝心であるとまで言い切られ、「返す返す忘失する事勿(なか)れ」と戒められている。
 更に、このことは真言密教に限らず、どの宗にも正法誹謗の罪過があるゆえに、他宗との対論の時はただただ「此の一段」、謗法を呵責するという一点が大切であると対論の用心を示されている。
 なぜ、正法誹謗の有無が重要かという理由として、次のように述べられる。つまり、自宗・他宗を問わず、仏法を習う本意は出家・在家、身分の貴・賎にかかわらず、現在と未来の二世にわたり苦を離れ楽を得るためである。とするならば、信ずる教法が謗法の邪義である結果、未来に悪道に堕ちるようなことになれば、いかに文殊の智慧や富楼那(ふるな)の弁説でも一分の役にも立たないものとなってしまうと仰せられ、未来に無間地獄に堕ちるような邪法の行者が国家のために祈って善事をなせるはずがないと、再び真言亡国の理由を明らかにされている。
 最後に、真言密教が言う、顕教(法華経)が劣り密教(大日経)が勝るという教判の釈についての破折はここでは置くと述べられ、法華経が大日経に三重劣るとの義によって法華が華厳にも劣るという邪義については、よくよく思索して特に破折していくべきであると門下に促(うなが)されている。
 なお、ここでは門下の心構えを示すことに重きを置かれているので、四句、五蔵、十住心、密勝顕劣、法華が三重の劣で戯論(けろん)の法と下す義、釈尊を無明纏縛(むみょうてんばく)の仏とする義などの主要な真言の邪義の名目を挙げるのみで、その具体的な破折については、あとで明らかにされるのである。

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