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真言見聞・第一章 真言が亡国・堕獄の因なるを示す

              真言見聞

      第一章 真言が亡国・堕獄の因なるを示す

本文(御書全集一四二㌻初~一四二㌻二行)
 問う真言亡国とは証文何(いか)なる経論に出(い)ずるや、答う法華誹謗・正法向背(しょうぼうこうはい)の故なり、問う亡国の証文之無くば云何(いか)に信ず可きや、答う謗法の段は勿論なるか若(も)し謗法ならば亡国堕獄疑い無し。

通解
 問う。真言亡国とはその証文はどの経論に出ているのか。答える。真言宗は法華経を誹謗し、正法に背くゆえである。
 問う。亡国という証文がなければ。どうして信ずることができようか。答える。(真言宗が)謗法であることは認めるのか。もし謗法であるならば、亡国・堕地獄は疑いがない。

語訳
真言亡国
 日蓮大聖人の四箇の格言の一つ。「真言は国をほろぼす悪法」(報恩抄、三二二㌻)、「真言は亡国の悪法」(一〇七三㌻)などと仰せである。真言宗はその開創以来、呪術による護国の祈禱を売り物にし、大聖人の時代には蒙古襲来を背景に、朝廷や幕府に重用された。大聖人は、真言宗が説く内実のない呪術性を破折され、これを「護国」の法であると誤って信じ帰依すると「亡国」をもたらすと訴えられた。特に、大聖人が生誕される前年(一二二一年)の承久の乱において、当時、最高度とされた真言の祈禱を行った朝廷側が幕府に敗れたことを、その現証とされている。

謗法
 菩薩戒義疏巻下に「謗は是れ乖背(かいはい)の名なり。およそ是の解理(げり)に称(かな)わず。言審美ならず。異解して説く者、皆名づけて謗となすなり」とあり、真実の教理に背(そむ)くことを謗法としている。
〈追記〉
 天台大師智顗は、鳩摩羅什訳とされる漢訳の梵網経(上下二巻本)のうち下巻の偈頌以後の所説を別録として『菩薩戒経』と名づけ、弟子の灌頂が『菩薩戒義疏』二巻を撰した。

講義
 本抄は、日蓮大聖人が五十一歳の文永九年(一二七二年)七月に、佐渡で著され、三位房日行(さんみぼうにちぎょう)に与えられた書である。当時、佐渡流罪中の真っ只中にあられた大聖人は、真言宗が人々を地獄に突き落とし、国を亡ぼす大謗法の邪法であることを三証(文証・理証・現証)のうえから明らかにされるとともに、法華経が諸経中第一の正法であることを教えるために著された。三位房日行については、文永六年(一二六九年)に京都遊学中、大聖人より「法門申さるべき様(よう)の事」をいただいており、天台真言に関して詳しかったことがうかがわれる。
 当時、真言密教には中国の善無畏・金剛智・不空等の流れを汲んだ弘法大師空海が開いた東寺系の、いわゆる真言宗と、比叡山天台宗の中から生じた慈覚大師(円仁)・智証大師(円珍)等の天台密教の二つの流れがあった。前者を「東密」、後者を「台密」と通称する。本抄は「真言見聞」との題号に明らかなように、この二派の真言密教を徹底的に破折しつくされ、門下が真言宗徒と問答し折伏する際の基本的な知識を授けられている。
 さて、この本文であるが、真言宗が亡国と堕獄の因となる理由を明らかにされているところである。初めに、真言宗が国を亡ぼすということ(真言亡国)を示す文証がどの経や論にあるのかとの問いを挙げられている。
 それに対して、すぐには文証を挙げられず「法華誹謗・正法向背の故なり」と答えられている。真言宗が法華経を誹謗し、正法に背いているという謗法を犯しているからであると述べられているのである。「法華誹謗・正法向背」が無間地獄に堕ちる因であることは法華経譬喩品などの文に明らかだからである。
 この答えに対し「亡国の証文之無くば云何(いか)に信ず可きや」と質問が設けられている。たしかに譬喩品等に「無間地獄に堕ちる」との文証はあるが、「亡国」の文証は、法華経に直接的にはないからであろう。
 しかし、この重ねての問いに対しても、直接、文証を挙げられずに、真言宗が謗法を犯していることを了承するのかと責められ、もし謗法であるならば、真言宗が亡国と堕地獄の因となることは疑いない、と断じられている。
 ここでの問答は門下に対して、真言宗との対論になった時の折伏の責めの在り方を教えられている点で、本抄の一年前に著述された早勝問答を想起させる。

 若し謗法ならば亡国堕獄疑いなし

 謗法を犯していることが亡国と堕獄の両方の因となることを断定された文である。ここで、亡国とは国を亡ぼすことであり、堕獄とは堕地獄、地獄に堕ちることをさすのはいうまでもないが、謗法を犯すことによって現世・今生には亡国の果報を招き、来世・後生には堕獄の果報を招くことは次の早勝問答の一節からも明らかである。
 すなわち「問う亡国の証拠如何、答う(中略)一義に云く現世安穏・後生善処の妙法蓮華経に背き奉る故に今生には亡国・後生には無間(むけん)と云うなり」(一六七㌻)と。
 正法である妙法蓮華経を信ずれば現世に安穏の境地の果報を招き、後生には善処に生まれるという果報を招くのに対比されて、正法を誹謗し正法に背く謗法の邪法を信ずるならば現世・今生には亡国、後生・来世には無間、の結果を招くことを述べられている。無間とは無間地獄をさすことはいうまでもない。

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