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真言諸宗違目・第六章 法華経の行者を諸天が守護するを明かす

            真言諸宗違目

    第六章 法華経の行者を諸天が守護するを明かす

本文(一四一㌻九行~一四二㌻終)
 問うて云く汝法華経の行者為(な)らば何ぞ天汝を守護せざるや、答えて云く法華経に云く「悪鬼其の身に入る」等云云、首楞厳経(しゅりょうごんぎょう)に云く「修羅王有り世界を執持(しゅうじ)して能(よ)く梵王及び天の帝釈四天と権を諍(あらそ)う此の阿修羅は変化(へんげ)に因つて有り天趣(てんしゅ)の所摂(しょしょう)なり」等云云。
 能く大梵天王・帝釈・四天と戦う大阿修羅王有りて禅宗・念仏宗・律宗等の棟梁の心中に付け入つて次第に国主国中に遷(うつ)り入つて賢人を失う、是くの如き大悪は梵釈も猶(なお)防ぎ難きか何(いか)に況んや日本守護の小神をや但地涌千界の大菩薩・釈迦・多宝・諸仏の御加護に非ざれば叶い難きか。
 日月は四天の明鏡なり諸天定めて日蓮を知りたまうか日月は十方世界の明鏡なり諸仏も定めて日蓮を知りたまうか、一分も之を疑う可からず、但し先業未だ尽きざるなり日蓮流罪に当れば教主釈尊衣を以て之を覆(おお)いたまわんか、去年(こぞ)九月十二日の夜中には虎口(ここう)を脱れたるか「必ず心の固きに仮(よ)りて神の守り即ち強し」等とは是なり、汝等努努(ゆめゆめ)疑うこと勿(なか)れ決定(けつじょう)して疑い有る可からざる者なり、恐恐謹言。
  五月五日              日 蓮  花 押
 此の書を以て諸人に触れ示して恨(うらみ)を残すこと勿(なか)れ。
   土 木 殿

通解
 問うていう。あなたが法華経の行者ならばどうして諸天善神があなたを守護しないのか。答えていう。法華経勧持品第十三に「悪鬼が衆生の身に入り(法華経を護持する者をののしり、はずかしめる)」等と説かれている。首楞厳経に「阿修羅王があって世界を支配しようとして、よく大梵天王や天界に住する帝釈天や四大天王と権力を争う。この阿修羅王は変現によっては、天界に含まれることもある」等と説かれている。
 よく大梵天王や帝釈天や四大天王と戦う大阿修羅王があって、禅宗・念仏宗・律宗等の宗派の中心的な人の心中につけ入り、次第に一国の権力者に、そして更に国中の人々の心の中にうつり入って賢人を亡きものにしようとする。
 このような大悪は、大梵天王や帝釈天もなお防ぐことはむずかしい。ましてや、日本を守護する小神(天照大神など)が、防げるであろうか。ただ、地涌の大菩薩や釈迦仏、多宝如来、ならびに諸仏のご加護によるのでなければ、防ぐことはできないであろう。
 太陽と月は、四天(全世界)を映す明鏡である。ゆえに、諸天善神はきっと日蓮のことを知っていらっしゃることであろう。また、太陽と月は全宇宙を映す明鏡である。ゆえに、諸仏もきっと日蓮のことを知っていらっしゃることであろう。諸天善神が日蓮を守護されることは疑いないのであるが、(日蓮の)先業がいまだ尽きないでいるのである(それゆえに難にあうのである)。しかし、日蓮が流罪されれば、教主釈尊は衣をもってこれを覆ってくださっているであろう。去年(文永八年)九月十二日の夜中(の竜の口の法難の際)に虎口をのがれたのはこのためであろうか。妙楽大師の止観輔行伝弘決に「かならず心が堅固であるならば、諸天善神の守護は強い」等とあるのはこのことである。あなたたちは、決して決して(仏天の加護を)疑ってはならない。決して疑いがあってはならない。恐恐謹言。
  五月五日              日 蓮  花 押
 この手紙を門下以外の諸人に触れ示して、恨みを残すようなことがあってはならない。
   土 木 殿  

語訳
修羅王
 阿修羅界の王のこと。四阿修羅王があって、経論によって多少の違いがある。阿修羅は梵語アスラ(asura)の音写。無端正(むたんじょう)(醜い容貌)、無酒(悪業の報いによって酒が得られない)、非天(果報がすぐれ、天に似ているが天そのものではない)等と訳す。古代インドでは善神とされていたが、後に善神と戦う悪神とされた。常に帝釈天と戦う鬼神であり、須弥山の外輪の大海の底に住むといわれている。仏教では八部衆の一つ。

阿修羅は変化(へんげ)に因つて有り天趣(てんしゅ)の所摂(しょしょう)なり
 天趣は天界と同義。所摂とは天界に摂(おさ)まる、との意。修羅は、その変化の姿により、餓鬼界に摂まることもあれば、天界に摂まることもあるということ。

禅宗
 達磨(だるま)所伝の禅によって悟道を期す宗。仏心宗、達磨宗ともいう。菩提達磨を初祖として、坐禅の法によって見性成仏(けんしょうじょうぶつ)を目的とする。大聖人御在世当時は、大日能忍とその弟子の仏地房覚晏(かくあん)の日本達磨宗、また栄西の臨済宗の禅が広まっていた。禅宗は不立文字・教外別伝・直指人心・見性成仏の義を立てている。すなわち、経文は月をさす指であり、月(成仏の性)がとらえられれば指には用がないとした。これに対し大聖人は、禅は天魔の振る舞いである(禅天魔)と批判された。
 鎌倉の北条時頼の帰依をうけ、建長五年(一二五三年)に建長寺の開山として迎え入れられたのが臨済宗の僧・道隆(どうりゅう)(蘭渓(らんけい))である。文永五年(一二六八年)、「立正安国論」に予言されたとおりに蒙古から国書が到来した際、日蓮大聖人は幕府の為政者や諸宗の僧を諫暁し、道隆に対しても書状(一七三㌻)を送り、公場対決を迫られた。しかし道隆はこれに応じず、真言律宗の極楽寺良観(忍性)らとともに幕府に働きかけ、同八年(一二七一年)の竜の口の法難が起こる契機をつくった。権勢を誇った道隆であるが、大聖人は「道隆の振る舞いは日本国の道俗は知ってはいるけれども、幕府を恐れているからこそ尊んでいるとはいえ、内心は皆疎んでいるだろう」(一二三〇㌻、通解)と指摘されている。釈尊滅後の悪世に法華経を弘通する者に迫害を加える、三類の強敵の第二「道門増上慢」は、比丘(僧侶)である迫害者、それが道隆である。

念仏宗
 阿弥陀仏の本願を信じ、その名号(みょうごう)を称えることによって阿弥陀仏の極楽浄土に往生することを期する宗派。浄土宗ともいう。日本浄土宗の開祖は法、で、浄土三部経を根本とする。来世に極楽浄土に生まれること(浄土往生)を目指し、娑婆世界を穢土(えど)として嫌った。そして釈尊の一切経を聖道門(しょうどうもん)・浄土門に、また難行道・易行道に分け、法華経は聖道門の難行道であるから捨てよ、閉じよ、閣(さしお)け、抛(なげう)て(捨閉閣抛(しゃへいかくほう))といい、浄土宗のみが浄土門の易行道で往生・成仏できる宗であるという邪義を立て、法華経を誹謗した。これに対し大聖人は、専修念仏は無間地獄に堕ちる因となる悪業である(念仏無間)と批判された。
 建長五年(一二五三年)四月二十八日、日蓮大聖人が立宗宣言を行った際に浄土教を破折したことから、安房国東条郡の地頭で熱心な念仏者であった東条景信が大聖人に迫害を加え、この結果、大聖人は道善房から勘当され、清澄寺を出ることとなった。文応元年(一二六〇年)七月十六日、大聖人は宿屋入道を仲介として、念仏などの謗法の諸宗を捨て正法に帰依するように勧めた「立正安国論」を北条時頼に提出し、第一回の国主諫暁を行われた。しかし、このことが念仏を信仰していた北条重時ら権力者たちの怒りにふれ、大聖人に恨みを抱いた。その後間もなく、権力者を後ろ楯とした念仏者らが、深夜に大聖人の草庵を襲撃した(松葉ケ谷の法難)。大聖人はこの難を逃れ、一時、鎌倉を離れられたが、ほどなく鎌倉に戻られた。翌・弘長元年(一二六一年)五月十二日、重時の息子で執権であった長時は、大聖人を無実の罪で流刑に処す(伊豆流罪)など、さまざまな迫害を加えていった。文永元年(一二六四年)、大聖人は安房に帰郷された。これに対して、大聖人への怨念をはらすべく待ちかまえていた東条景信は、同年十一月十一日に東条松原の大路で数百人の念仏者をひきいて大聖人一行を襲撃し、弟子の一人を殺害し、二人には傷害を負わせた。また、大聖人にも額に傷と左手を打ち折る重傷を与えた(小松原の法難)。釈尊滅後の悪世に法華経を弘通する者に悪口罵詈などを浴びせ、刀や杖で危害を加える、三類の強敵の第一「俗衆増上慢」が、念仏者達である。

律宗
 戒律を受持する修行によって涅槃の境地を得ようとする宗派。平安時代には次第に衰微し、鎌倉時代に一時復興したが、その後、再び衰微した。日蓮大聖人が四箇の格言で律国賊と批判されたのは、真言律宗(西大寺流律宗)のことで、鎌倉極楽寺の良観(忍性)を指していわれている。
 当時、良観は持戒を装って「生き仏」「国宝」と崇められていたが、戒律の復興をうたいながら一方で幕府権力に取り入って非人支配や公共事業の利権を掌握して私腹を肥やすその欺瞞性を、「国宝」どころか「国賊」である(律国賊)と糾弾されたのである。文永八年(一二七一年)夏、日蓮大聖人は良観に祈雨の勝負を挑み、打ち破ったが、良観はそれを恨んで大聖人に敵対し、幕府要人に大聖人への迫害を働きかけた。それが大聖人に竜の口の法難・佐渡流罪をもたらす大きな要因となった。三類の強敵の第三「僭聖増上慢」は、聖者のように仰がれているが、迫害の元凶となる高僧であり、ふだんは世間から離れた所に住み、自分の利益のみを貪り、悪心を抱く。讒言(ざんげん)によって権力者を動かし、弾圧を加えるよう仕向ける。妙楽大師は、この三類のうち僭聖増上慢は見破りがたいため最も悪質であるとしている。日蓮大聖人は、現実にこの三類の強敵を呼び起こしたことをもって、御自身が末法の法華経の行者であることの証明とされた。「開目抄」(二二八㌻)では具体的に聖一(円爾弁円)、極楽寺良観らを僭聖増上慢として糾弾されている。

講義
 日蓮大聖人が法華経の行者ならなぜ諸天が守護しないのかとの疑問に答えて、諸天の加護は必ずあり、疑ってはならないとされて、本抄を結ばれている。
 大聖人をなぜ天が守護しないのかとの疑問に対して、法華経勧持品第十三の、悪鬼が(諸宗の高僧らの)身に入って、我(法華経の行者)を罵詈毀辱(めりきにく)するだろうとの文と、首楞厳経の、修羅王がいて世界を支配しようとして大梵天王や帝釈天や四天王と激しく争うが、この阿修羅王は諸天が変化(へんげ)したもので諸天と同類なのである、との文を引かれている。諸天と同類とあるのは、その力が諸天に等しいことを示しているのであろう。
 そして、大梵天王や帝釈天や四天王と戦う大阿修羅王が、禅宗・念仏宗・律宗等の棟梁すなわち高僧たちの心中に付け入り、次第に国王や国中のすべての人々に移り入って賢人を亡き者にしようとするのであると述べている。
 要するに、勧持品や首楞厳経の文のとおりに、仏法を破壊する悪鬼や阿修羅王が、諸宗の高僧等の身に入り、更に権力者やあらゆる人々の身に入って、法華経の行者に対して身命に及ぶ迫害を加えることが明かされているのである。
 そして、このような大悪は、その力が強いので梵天・帝釈も防ぐことはできず、まして日本だけを守護する力の弱い神などに防ぐことはできないとされ、ただ地涌千界の大菩薩や釈迦・多宝・十方の諸仏の加護がなければ防ぐことはできないであろう、と述べられている。しかしながら、日月は諸天にとって、この世の有り様を知る明鏡であり、諸仏にとっては十方世界の有り様を知るための明鏡である。したがって、日月が輝いているかぎり、諸天・諸仏が、大聖人の苦難の様子を知らないことはありえないから、必ずや、諸仏の加護によって根本的には守られることを教えられている。
 ただし、大聖人が今、迫害にあうのは、過去に作った悪業がまだ尽きていないからである、と述べられている。
 この宿業の転重軽受(てんじゅうきょうじゅ)の原理については、本抄より一か月ほど前に著されて、門下一同に与えられた佐渡御書にも「高山に登る者は必ず下(くだ)り、我人を軽しめば、還(かえ)って我が身人に軽易(きょうい)せられん。形状端厳(ぎょうじょうたんごん)をそしれば醜陋(しゅうる)の報いを得(う)。人の衣服飲食(えぶくおんじき)をうばへば必ず餓鬼となる。持戒尊貴を笑へば、貧賎の家に生ず。正法の家をそしれば、邪見の家に生ず。善戒を笑へば、国土の民となり王難に遇(あ)ふ。是は常の因果の定まれる法なり。日蓮は、此の因果にはあらず。法華経の行者を過去に軽易(きょうい)せし故に(中略)此の八種は尽未来際(じんみらいさい)が間、一(ひとつ)づつこそ現ずべかりしを、日蓮つよく法華経の敵(かたき)を責むるによて一時に聚(あつま)り起せるなり」(九六〇㌻)と述べられている。
 大聖人が、竜の口法難に続いて佐渡流罪にあっているのは、末法の時に適(かな)った正法を弘通して法華経の敵を強く責めたからこそであり、大難にあうことによって過去の謗法の重罪を消滅することができるのである、と仰せられているのである。示同凡夫(じどうぼんぷ)の辺から、大聖人は自ら大難にあい、それを乗り越えることによって成仏する姿を示して、いかに過去に謗法の重罪を犯した者でも、宿業を転じて成仏でき得る方途を明かしてくださっているのである。
 そして、法華経の行者として大難にあわれた大聖人を、教主釈尊が衣をもって覆い守るであろうとされ、だからこそ去年(文永八年)の九月十二日夜半の竜の口法難の際に、幕府権力による処刑という逃(のが)れられないはずの虎口(ここう)を、不思議に免れることができたのであり、妙楽大師の止観輔行伝弘決に「必ず(信心の)心が固ければ神の守りも強い」とあるのはこのことである、と述べられている。
 文永八年(一二七一年)九月十二日深夜の竜の口法難の経緯等は、種種御振舞御書(九一一㌻~九一五㌻)に詳しいので、参照されたい。
 釈尊が衣をもって覆うとは、法華経普賢菩薩勧発品第二十八に「若(も)し是の法華経を受持・読誦し、正憶念(しょうおくねん)し、修習(しゅじゅう)し書写すること有らば、当(まさ)に知るべし……釈迦牟尼仏の衣の覆(おお)う所と為(な)らん」(『妙法蓮華経並開結』六七四㌻ 創価学会刊)とあることにより、仏が法華経を信じ行ずる者を大慈悲によって覆い守ることをいう。
 大聖人が、絶体絶命ともいうべき竜の口の首の座を免れることができたのは仏の加護があったからであると教えられ、仏天の加護を少しでも疑ってはならないと戒められて、本抄を結ばれているのである。
 更に追伸で、本抄の内容を門下以外の諸人に広く触れ示して、恨(うら)みを起こすことのないようにと仰せられている。第一章の「空に読み覚えよ」の御文が、このあとに続くと考えられる。あくまでも無用な刺激を世間に与え、苦難を招くことがないようにとの、深い慈愛からの仰せと拝せられる。

出典『日蓮大聖人御書講義』第三巻下(編著者 御書講義録刊行会 発行所 聖教新聞社)

                     真言諸宗違目 ―了―

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