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真言天台勝劣事・第四章 真言が七重八重劣る理由示す

            真言天台勝劣事

       第四章 真言が七重八重劣る理由示す

本文(一三四㌻五行~一三五㌻四行)
 答う真言は七重の劣と云う事珍しき義なりと驚かるるは理(ことわり)なり、所以に法師品に云く「已(すで)に説き今説き当(まさ)に説かん而も其の中に於て此の法華経は最も為(こ)れ難信難解(なんしんなんげ)なり」云云、又云く「諸経の中に於て最も其の上(かみ)に在り」云云、此の文の心は法華は一切経の中に勝(すぐ)れたり此其一。
 次に無量義経に云く「次に方等十二部経摩訶般若華厳海空を説く」云云、又云く「真実甚深(じんじん)甚深甚深なり」云云、此の文の心は無量義経は諸経の中に勝れて甚深の中にも猶甚深なり然れども法華の序分にして機もいまだなま(不熟)しき故に正説の法華には劣るなり此其二。
 次に涅槃経の九に云く「是の経の世に出ずるは彼の果実の利益する所多く一切を安楽ならしむるが如く能(よ)く衆生をして仏性を見せしむ、法華の中の八千の声聞記莂(きべつ)を得授するが如く大果実を成じ秋収冬蔵(しゅうしゅうとうぞう)して更に所作無きが如し」云云、籤(せん)の一に云く「一家の義意謂(おもえら)く二部同味なれども然も涅槃尚劣る」云云、此の文の心は涅槃経も醍醐味・法華経も醍醐味同じ醍醐味なれども涅槃経は尚劣るなり法華経は勝(すぐ)れたりと云へり、涅槃経は既に法華の序分の無量義経よりも劣り醍醐味なるが故に華厳経には勝たり此其三。
 次に華厳経は最初頓説(とんせつ)なるが故に般若には勝れ涅槃経の醍醐味には劣れり此其四。
 次に蘇悉地経に云く「猶成ぜざらん者は或は復(また)大般若経を転読すること七遍」云云、此の文の心は大般若経は華厳経には劣り蘇悉地経には勝ると見えたり此其五。
 次に蘇悉地経に云く「三部の中に於て此の経を王と為す」云云、此の文の心は蘇悉地経は大般若経には劣り大日経金剛頂経には勝ると見えたり此其六。
 此の義を以て大日経は法華経より七重の劣とは申すなり法華の本門に望むれば八重の劣とも申すなり。

通解
 答える。真言経が七重に劣っているということは珍しい義であると驚かれるのはもっともである。それゆえ、法華経法師品第十には「既に説いた経、今説いている経、まさに説こうとしている経があるが、その中でこの法華経は最も難信難解である」とあるのである。また安楽行品第十四には「諸経の中で最上に位置している」とある。この文の意は、法華経が一切の経に対して勝れているということである〈これが理由の第一〉。
 次に無量義経には「次に方等十二部経・摩訶般若・華厳海空を説く」とあり、また「真実に甚深であり、甚深甚深である」とある。この文の意は、無量義経は諸経に対して勝れていて甚深のなかでも特に甚深であるけれども、法華経の序分で衆生の機根もいまだ熟していないがゆえに正宗分の説法である法華経には劣るということである〈これが理由の第二〉。
 次に涅槃経の巻九には「この経が世に説かれたのは、果実が多くの利益をもたらして一切の人々を安楽にさせるように、衆生に仏性を見いださせるためである。法華経の中で八千人の声聞が記別を得て大果実を成じるようなことは、秋に収め冬に蔵(おさ)めてしまって、もはやなすべきことがないようなものである」とあり、法華玄義釈籤(しゃくせん)の巻一には「天台一家の義意をもって考えると、法華経と涅槃経の二部は同味であるけれども、なお涅槃経は劣っている」とある。この文の意は、涅槃経も醍醐味で法華経も醍醐味であって同じ醍醐味であるけれども、涅槃経はなお劣り、法華経は勝れているということである。涅槃経は既に法華経の序分の無量義経よりも劣り、醍醐味であるがゆえに華厳経よりも勝れているのである〈これが理由の第三〉。
 次に華厳経は最初に直ちに仏の悟りが説かれたものであるがゆえに般若経よりも勝れ、涅槃経の醍醐味よりも劣るのである〈これが理由の第四〉。
 次に蘇悉地経には「それでもなお成就しない者は……あるいはまた大般若経を七遍、読みなさい」とある。この文の意は、大般若経は華厳経には劣り、蘇悉地経には勝るということを述べているのである〈これが理由の第五〉。
 次に蘇悉地経には「三部の中で、この経を王とする」とある。この文の意は、蘇悉地経は大般若経には劣り、大日経と金剛頂経よりも勝るということを述べているのである〈これが理由の第六〉。
 以上の義から大日経は法華経よりも七重に劣っているというのである。法華経の本門に比べれば八重に劣っているともいえるのである。

語訳
難信難解(なんしんなんげ)
「信じ難く解(げ)し難し」と読む。易信易解に対する語。法華経法師品第十には、諸経の中で法華経が最も難信難解であると明かされている(『妙法蓮華経並開結』三六二㌻ 創価学会刊)。仏が自身の覚りを直ちに説いた教え(随自意)は凡夫にとって信じ難く理解し難い。それ故、難信難解は仏の真実の教えである証拠とされる

無量義経
 一巻。中国・蕭斉(しょうせい)代の曇摩伽陀耶舎(どんまかだやしゃ)訳。法華経の開経とされる。内容は「無量義とは、一法従(よ)り生ず」(『妙法蓮華経並開結』二五㌻ 創価学会刊)等と説き、この無量義の法門を修すれば無上正覚を成ずることを明かしている。また、これまでに説いた経教は、まだ真実を明かさない方便の教えであることを次のように述べている。「善男子よ。我れは先に道場菩提樹の下(もと)に端坐すること六年にして、阿耨多羅三藐三菩提を成ずることを得たり。仏眼を以て一切の諸法を観ずるに、宣説(せんせつ)す可(べ)からず。所以(ゆえん)は何(いか)ん、諸の衆生の性欲(しょうよく)は、不同なることを知れり。性欲は不同なれば、種種に法を説きき。種種に法を説くことは、方便力を以てす。四十余年には未だ真実を顕さず。是(こ)の故に衆生は得道差別(しゃべつ)して、疾(と)く無上菩提を成ずることを得ず」(同・二九㌻)と。

方等十二部経
 方等部に属する一切の経典のこと。方等は方正・平等な教えの意で、大乗の別名でもある。十二部経は経典を叙述の形式・内容から十二種に分類したもの。①修多羅(しゅたら)(スートラ(sūtra)。契経と訳す。法義を散文で説いたもの)②祇夜(ぎや)(ゲーヤ(geya)。応頌(おうじゅ)・重頌と訳す。修多羅で述べた内容を重ねて韻文で説いたもの)③伽陀(かだ)(ガーター(gāthā)。諷頌(ふじゅ)・孤起頌と訳す。法義を韻文だけで説いたもの)④尼陀那(にだな)(ニダーナ(nidāna)。因縁と訳す。説法・教化のいわれを説いたもの)⑤伊帝目多伽(いたいもくたか)(イティユクタカ、イティヴリッタカ(ityuktaka、itivr̥ttaka)。本事・如是語と訳す。過去世の行為を説いたもの)⑥闍多伽(じゃたか)(ジャータカ(jātaka)。本生と訳す。仏が昔、菩薩であった時の行いなどを説いたもの)⑦阿浮陀達磨(あぶだだつま)(アドブタダルマ(adbhutadharma)。未曾有法と訳す。仏の神通力を説いたもの)⑧阿波陀那(あばだな)(アヴァダーナ(avadāna)。譬喩と訳す。譬喩を借りて説いたもの)⑨優婆提舎(うばだいしゃ)(ウパデーシャ(upadeśa)。論議と訳す。法理を解説・注解したもの)⑩優陀那(うだな)(ウダーナ(udāna)。自説・無問自説と訳す。問いを待たずに仏が自ら説いたもの)⑪毘仏略(びぶつりゃく)(ヴァイプリヤ(vaipulya)。方広・方等と訳す。広大な理義を説いたもの)⑫和伽羅那(わからな)(ヴィヤーカラナ(vyākaraņa)。授記と訳す。弟子に対して未来世の成仏の保証を与えること)をいう。

摩訶般若(まかはんにゃ)
 梵語マハープラジュニャー(mahāprajñā)の音写。偉大な智慧のこと。摩訶はサンスクリットのマハーの音写で、大きな、偉大なとの意。般若はプラジュニャーの音写で智慧の意。

華厳海空
 華厳経の法門。華厳の教相を海空のたとえによってあらわした語。海空は海印三昧のことで、一切の事物の像が海中に映るように仏の智海が一切の法をはっきりと映し出して覚知できることをいう。菩薩がこの三昧を得ると、一切衆生の心行を己心に映すことができるようになるとされる。華厳経が仏の海印三昧の境地で説かれた経であることをさす言である。

涅槃経
 釈尊の入涅槃の様子とその時に説かれた教えを記した経。大・小乗で数種ある。大乗では、中国・北涼代の曇無讖(どんむしん)訳「大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)」四十巻(北本)、それを修訂した中国・劉宋代の慧観・慧厳(えごん)・謝霊運訳「大般涅槃経」三十六巻(南本)、異訳に中国・東晋代の法顕訳「大般泥洹経(だいはつないおんぎょう)」六巻がある。小乗では、同じく法顕訳「大般涅槃経」三巻等がある。大乗の涅槃経では仏身の常住、涅槃の四徳である常楽我浄を説き、一切衆生悉有仏性を明かして、善根を断じた一闡提(いっせんだい)も成仏すると説いている。また小乗の涅槃経では、釈尊の入涅槃から舎利の分配までの事跡を記している。

記莂(きべつ)
 仏が弟子の未来における成仏を予言すること。弟子が未来世に仏となった時の名・国・劫などを記して予言することをいう。

秋収冬蔵(しゅうしゅうとうぞう)して更に所作無きが如し
 大果実は秋に取り入れ、冬に収蔵して、もはやなすべきことがないようなものであるということ。成仏できないとされてきた声聞をも成仏させる教えが法華経で説かれたので、もはや、なすべきことはないとの意。

籤(せん)
 法華玄義釈籤のこと。十巻、または二十巻。中国・唐代の妙楽大師湛然(たんねん)述。釈籤(しゃくせん)ともいう。天台大師の法華玄義の注釈書。妙楽大師が天台山で法華玄義を講義した時に、学徒の籤問(疑問箇所に付箋をつけて意味を質すこと)に答えたものを基本とし、後に修正を加えて整理したもの。注釈は極めて詳細で、天台大師の教義を拡大補強している。

頓説(とんせつ)
 頓教の説法のこと。衆生を教化するに際して、誘引の手段を用いず、直ちに内証の悟りを説く方式をいう。漸説に対する語。

般若
 般若経のこと。般若波羅蜜(仏の智慧によって悟りの境地に達すること)の深理を説いた経典の総称。漢訳には唐代の玄奘訳の「大般若経」六百巻から三百字足らずの「般若心経」一巻まで多数ある。内容は、般若の理を説き、大小二乗の無差別を示している。

大般若経
 大般若波羅蜜多経(だいはんにゃはらみったきょう)の略。六百巻。中国・唐の玄奘訳。般若部の諸経典を集大成したもので、あらゆる仏典の中で最大である。

三部
 ①胎蔵界の諸尊を三種にまとめた仏部・蓮華部・金剛部のこと。仏部とは理智の二徳をそなえた仏の覚りをあらわし、蓮華部は仏の大悲をあらわし、金剛部は仏の大智をあらわすとする。金剛界では五部(仏部・金剛部・宝部・蓮華部・羯磨(かつま)部)を立てるが、これは胎蔵界の三部と等しく、開合の異なりにすぎないとしている。②台密で金剛界・胎蔵界の両部に蘇悉地法を加えた三部の秘法をいう。③三部経のこと。真言宗では、大日経・金剛頂経・蘇悉地経をいう。ここでは①の意。

本門
 妙法蓮華経の中で、釈尊が本地の仏の姿を明かして説いた後半の十四品のこと。久遠実成という釈尊の本地を明かす教え。本門は迹門に対する語。日蓮大聖人の仏法では、大聖人御自身が覚知し説き示された、法華経本門の寿量品の文底に秘められた肝心の教え、成仏の根源の法を本門とする。

講義
 まず、先に「珍し」と問者が言ったことに対して「理(ことわり)なり」とされ、だからこそ法華経の法師品に「已に説き今説き当に説かん……難信難解なり」とあるではないかと答えられている。
 次いで、真言(大日経)が法華経に比べ七重劣っていることを①法華経→②無量義経→③涅槃経→④華厳経→⑤般若経→⑥蘇悉地経→⑦大日経・金剛頂経、の順で裏づけの文証を一つ一つ挙げながら展開されている。なお、①の法華経を本門と迹門に分けて、法華経本門から見た場合、大日経は八重の劣となる。
 さて、法華経を第一とし、大日経を第七、あるいは第八に位置づけられる基準はどこに置かれているのであろうか。
 まず、言えることは①法華経、②無量義経、③涅槃経、④華厳経、⑤般若経、までは天台大師の五時(華厳時・阿含時・方等時・般若時・法華涅槃時)・五味(乳味・酪味・生酥味・熟酥味・醍醐味)の法門を踏まえられての順になっているということである。
 一代聖教大意に「私に云く説の次第に順ずれば華厳・阿含・方等・般若・法華・涅槃なり、法門の浅深の次第を列(つら)ぬれば阿含・方等・般若・華厳・涅槃・法華と列(つら)ぬべし」(三九七㌻)と説かれているとおりである。これによれば、五時の次第を法門の深きより浅きへと並べると、法華→涅槃→華厳→般若→方等→阿含、という順序になる。
 このうち、ここは真言経典は一応大乗で、小乗に対しては勝れるから、阿含(小乗教)は省かれる。更に、ここでは、無量義経が法華経の序分ということから、これを法華経と涅槃経との間に位置づけされている。
 それで、法華→無量義→涅槃→華厳→般若→方等という次第となり、この順序でいくと、本文の⑥蘇悉地経、⑦大日経・金剛頂経の真言三部経は結局、最も浅い教えである方等の中に入ることになるが、この点については後に明らかにされる。

 法師品に云く「已に説き今説き当に説かん……此の法華経は最も為れ難信難解なり」云云、又云く「諸経の中に於て最も其の上に在り」云云

 両文とも法華経が一切経の中で最も勝れていて第一であることを裏づける文証であるが、法華経法師品第十の文は、先の問者の驚きも「理(ことわり)なり」という理由としての意義も含められている。つまり「難信難解」であるゆえに、世間から広く支持されていないのであり、問者もまた驚くのであるということである。
 同時に「最も為(こ)れ難信難解なり」ということは、法華経が最も勝れるということでもある。最も勝れるとは最も深秘ということであるからである。
 ところで、この「已今当」について、天台大師が、〝已に説き〟は、既に説かれた経ということで、華厳経、般若経、方等経などの爾前四十余年の間に説かれた諸経をさし、〝今説き〟が今現在、説いたばかりの開経・無量義経をさし、〝当に説かん〟はこれから説かれるであろう経で、涅槃経をさすと釈していることは周知のとおりである。
 法師品の文は「其の中に於て此の法華経」とあるのであるから、法華経も「已今当」の中に含まれると考え、「今説」に配するのが自然であろうが、超出の義を強調する意味から、法華経を已今当と対峙(たいじ)する関係で位置づけたと考えられる。
 大聖人も、報恩抄で「法華経の文には已説・今説・当説と申して此の法華経は前と並(ならび)との経経に勝れたるのみならず後に説かん経経にも勝るべしと仏定め給う」(三〇〇㌻)と仰せられているように、この天台大師の解釈を踏まえられている。
 次の法華経安楽行品第十四の「文殊師利よ。此の法華経は、諸仏如来の秘密の蔵(ぞう)にして、諸経の中に於いて最も其の上(かみ)に在り」(『妙法蓮華経並開結』四四三㌻ 創価学会刊)という文は、まさに法華第一を端的に述べている。

 次に無量義経に云く「次に方等十二部経摩訶般若華厳海空を説く」云云、又云く「真実甚深甚深甚深なり」云云……然れども法華の序分にして機もいまだなま(不塾)しき故に正説の法華には劣るなり

 初めの文は無量義経説法品第二の文で、仏が菩提樹の下で悟って以来、説いてきた教えの高低浅深を明らかにする中の一節である。そこには、初めに四諦の法門を説いた後、十二因縁の法門を説き、次いで、方等十二部経、摩訶般若、華厳海空を説き、そして今、大乗無量義経を説法するという次第で説いてきたことが述べられている。
 ここで、四諦、十二因縁の法門は小乗教であるので、大聖人はこれを外して引用されたのである。この順序が説時ではないことは、最初に説かれた華厳経が般若よりあとに挙げられていることから明らかで、そこからこれは、教法の高低浅深の順を示していることが分かるのである。方等十二部経は方等部(時)に属する大乗経典の全てであり、摩訶般若は般若部(時)、華厳海空は華厳部(時)をさしている。これらの諸経の後に、大乗無量義経を説くと述べているから、無量義経が方等、般若、華厳より高い経であることは明らかとなる。
 次の文は無量義経十功徳品第三の文で、大荘厳菩薩が仏の説いた無量義経を微妙甚深、無上大乗、真実甚深、甚深甚深、と形容して賛嘆しているところである。
 以上の二つの文から、無量義経が方等・般若・華厳より高い教えとされていることが明らかとなる。
 しかし、無量義経と法華経との関係については、無量義経は法華経を説くための開経であり序分(序論)であること、この経を聞く衆生の機根(受け入れる可能性)もまだ熟していないことから、正宗分(本論)の法華経には劣ると位置づけられている。
 以上によって、無量義経が法華経の次に位置し、諸大乗経に勝ることを明白にされたのである。

 次に涅槃経の九に云く「是の経の世に出ずるは……更に所作無きが如し」云云、籤(せん)の一に云く「一家の義意謂(おもえら)く二部同味なれども然も涅槃尚劣る」云云……涅槃経は既に法華の序分の無量義経よりも劣り醍醐味なるが故に華厳経には勝たり

 初めの文は涅槃経如来性品第四の六(南本では巻九菩薩品第十六)の文である。
 ここでは、涅槃経説法の意義が、ちょうど果実が多くの利益をもたらして一切の人々を安楽にさせるように、衆生に仏性を見いださせるためである。法華経の中で八千人の声聞が未来成仏の記別を得て大果実を成じるようなことは、秋に取り入れ、冬に取り込んでしまって、もはやなすべきことがないようなものである、という意味である。
 大聖人は報恩抄において同じ文を引用された後、次のように述べられている。すなわち、「経文明に諸経をば春夏と説かせ給い涅槃経と法華経とをば菓実の位とは説かれて候へども法華経をば秋収冬蔵の大菓実の位・涅槃経をば秋の末・冬の始捃拾(くんじゅう)の位と定め給いぬ、此の経文正(まさし)く法華経には我が身劣ると承伏し給いぬ」(三〇〇㌻)と。
 一切経を植物の生長にたとえると、法華・涅槃以外の諸経は春夏の生長期にあたるのに対し、法華経と涅槃経は果実の位にあたる、だが、同じ果実の位でも法華経は秋に取り入れ、冬に取り込んでしまった大果実の位であるのに対し、涅槃経は秋の終わり、冬の始めの落穂拾いの位であると定め、涅槃経自身が法華経に劣ることを明らかにした文であることを述べられている。
 次の「籤の一」は妙楽大師の法華玄義釈籤の文で、天台宗の教理では法華経と涅槃経の二部(経)はともに同じ醍醐味の教えではあるが、その中では法華経が勝り涅槃経の方が劣るという意である。
 涅槃経の文と法華玄義釈籤の文の二文によって、涅槃経が法華経に劣ることは明白であるが、涅槃経と無量義経とを比べると、涅槃経は法華経の開経である無量義経には劣るとされ、しかも法華経と同じ醍醐味であるから涅槃経には勝ると決定されている。
 ここで、法華経と無量義経と涅槃経はともに醍醐味でありながら、三部の勝劣は①法華経、②無量義経、③涅槃経、という順になるのである。
 ところで、真言七重勝劣事(一二八㌻)、一代五時継図(六七七㌻)では、①法華経は変わらないが、②涅槃経、③無量義経、の順となっている。
 つまり、無量義経と涅槃経とでは同じ醍醐味であるだけに、その勝劣は微妙であることが分かる。法華経との関係において、開経、序分としての立場を重く捉えると無量義経が勝り、法華経の説を重ねて説いたものということを重視すると涅槃経が勝る、ということであろう。

 次に華厳経は最初頓説なるが故に般若には勝れ涅槃経の醍醐味には劣れり

 華厳経が涅槃経に劣り般若経に勝れているということを明らかにされているところである。華厳経が般若経に勝る理由として「頓説」であることを挙げられている。
 天台大師は仏の衆生教化のあり方に頓教・漸教・秘密教・不定教の四種あることを述べている。このうち頓と漸は相反する概念で、漸教とは衆生の機根に合わせて次第に真実へと誘引する説き方であり、それによって説かれた法のことを「漸説」というのに対し、頓教は次第に誘引するのではなく、直ちに内証の悟りを説く方式をいい、また、これによって説かれた法のことを「頓説」という。「秘密」は衆生がそれぞれ異なった理解と利益を得て互いを知らずにいるような説き方であり、「不定」は聞く衆生の機根によって理解がさまざまで互いに知っているような説き方をいう。
 頓・漸を釈尊一代の説法にあてはめると、頓説は仏が成道の後、最初に説いた華厳時(部)の教えにあたり、漸説は阿含・方等・般若時の教えにあたる。法華経は頓・漸・秘密・不定の教えと、教理の内容によって分けた蔵・通・別・円の四つをすべて包み超えているので「超八の円」とも「超八の醍醐」ともいう。
 以上から、華厳経と般若経とでは頓説の華厳経が勝り、漸説の般若経が劣る。しかし、その華厳経も醍醐味に入る涅槃経には劣るから、③涅槃経、④華厳経、⑤般若経、の順が確定するのである。

 次に蘇悉地経に云く「猶成ぜざらん者は或は復(また)大般若経を転読すること七遍」云云

 真言三部経の一つ、蘇悉地経が般若経より劣ることを裏づける文証である。
 この文は蘇悉地羯羅経巻中の成就具支法品第十七から引用されている。真言七重勝劣事(一二九㌻)にはより詳しく引用されている。
 蘇悉地とは「妙成就」「見事な完成」の意味で、この個所は、そのための修行の方法を種々に述べているくだりの一節である。今、前後を含めて引用すると「又更に念誦して成就の法を作(な)せ。是くの如く七遍を経満して猶成ぜずんば、当に此の法を作すべし。決定(けつじょう)として成就せん。所謂乞食(こつじき)・精勤(しょうごん)・念誦(ねんじゅ)・発大恭敬(ほつだいくぎょう)・巡八聖跡(しょうしゃく)・礼拝行道なり。或は復(また)、大般若経七遍、或は一百遍を転読し……」とある。
 ここでは、蘇悉地経で説くところの真言の念誦を行じて、なお完成に至らなかったならば、更に乞食行を勤めたり、念誦したり、大恭敬を発したり、八聖跡を巡って礼拝行道をなしたり、あるいはまた、大般若経を七遍、あるいは百遍読誦しなさいと勧めている。
 真言七重勝劣事(一二九㌻)では同経巻下の「三時に常に大乗般若等の経を読め」という文も引用されているが、以上からも、蘇悉地経では及ばない場合は般若経を読誦せよというのであるから、これは般若経のほうが勝れているということになるのである。
 かくして、⑤般若経、⑥蘇悉地経、の順が確定したことになる。

 次に蘇悉地経に云く「三部の中に於て此の経を王と為す」云云

 蘇悉地羯羅経巻上の請問品第一の文である。
 本来、真言密教における三部とは胎蔵界の諸尊を三種にまとめた仏部・蓮華部・金剛部のことで、仏部は理智の二徳を具えた仏の悟りを表し、蓮華部は仏の大悲を表し、金剛部は仏の大智を表すとされている。これに対し、金剛界は諸尊を五部(仏部・金剛部・宝部・蓮華部・羯磨(かつま)部)にまとめるが、ここにも三部は含まれており、これと胎蔵界の三部とは、等しいもので、ただ開合の異なりにすぎないとしている。
 同経同品の別の個所では「此経を通じて三部所作の漫荼羅の法を摂す」とあり、蘇悉地経が三部からなる漫荼羅の法を包摂している経であるとしている。
 ところで、胎蔵界を説いたのが大日経であり、金剛界を説いたのが金剛頂経であるから、結局、「三部の中に於て此の経を王と為す」とは蘇悉地経はそれぞれが三部を説いている大日、金剛頂の二経に勝(まさ)っているということになるので、真言三部経の中の王と位置づけられるのである。かくして、⑥蘇悉地経、⑦大日経・金剛頂経となり、大日経は法華経よりも七重の劣となるのである。

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