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真言七重劣事・第六章 法華・涅槃を人の位に譬える

             真言七重劣事

       第六章 法華・涅槃を人の位に譬える

本文(一三二㌻三行~一三二㌻七行)
 今経の位を人に配するの事
        鎌倉殿
 ┌― 征夷将軍 ───── 無量義経
 ├― 摂  政 ───── 涅槃経
 ├― 院    ───── 迹門十四品
 └― 天  子 ───── 本門十四品 
                              
通解
 法華経の位を人に配したときの事。
        鎌倉殿
 ┌― 征夷将軍 ───── 無量義経
 ├― 摂  政 ───── 涅槃経
 ├― 院    ───── 法華経迹門十四品
 └― 天  子 ───── 法華経本門十四品 

語訳
征夷将軍
 征夷大将軍ともいう。①律令制下で蝦夷征討のための軍の指揮官のこと。臨時の官職で、大伴弟麻呂(七三一年~八〇九年)や坂上田村麻呂(七五八年~八一一年)などが任ぜられた。②鎌倉時代以後は武家政権の首長がこれに任ぜられた。建久三年(一一九二年)に源頼朝(一一四七年~一一九九年)が補任(ぶにん)されて幕府を開いてから、武士団の棟梁で幕府の最高権力者を意味するようになった。ここでは②の意。

鎌倉殿
 鎌倉幕府の将軍のこと。
〈追記〉
 特に源頼朝の敬称。

摂政
 天皇が幼少、または病気などの時、天皇に代わって政治を執る官職。律令制では定められておらず、常置の官職ではなかったが、十一世紀頃からは常置となった。推古天皇の時の聖徳太子(五七四年~六二二年)、また皇族以外の摂政としては藤原良房(八〇四年~八七二年)などの例がある。


 上皇・法皇・女院のこと。上皇は譲位後の天皇の尊称で、法皇は出家した上皇をいう。女院は朝廷から院・門院の称号を与えられた女性をいう。ここでは、上皇をさしているものと思われる。 

迹門十四品
 妙法蓮華経の中で、釈尊が垂迹の仏の立場で説いた前半の十四品のこと。久遠実成という本地を明かさず、始成正覚という垂迹の姿で説いたので迹門という。迹門は本門に対する語。

天子
 天に代わって天下を治める人のこと。君主・天皇・皇帝などをいう。

本門十四品
 妙法蓮華経の中で、釈尊が本地の仏の姿を明かして説いた後半の十四品のこと。久遠実成という釈尊の本地を明かす教え。本門は迹門に対する語。日蓮大聖人の仏法では、大聖人御自身が覚知し説き示された、法華経本門の寿量品の文底に秘められた肝心の教え、成仏の根源の法を本門とする。

講義
 第一章では、法華経と大日経の優劣を判ずるなかで、法華経が第一位、涅槃経が第二位、無量義経が第三位に位置づけられている。
 ここでは、これらの三経(法華経の場合は本門と迹門に分けられている)を、国を治め護るべき四つの人の位に譬えて示されている。
 譬えられている人の位は征夷大将軍、摂政、院(上皇)、天子である。ともに、当時の社会にあっては最も高い位に位置し、国の安泰について責任ある立場である。
 さて、征夷大将軍は、平安初期、蝦夷征伐のために派遣された将軍をいった。延暦十三年(七九四年)、大伴弟麻呂が任命されたのが最初で、坂上田村麻呂が有名である。
 源頼朝以後は、鎌倉・室町・江戸の幕府の主宰者で、兵権と政権を掌握した者の職名をあらわすようになった。
 摂政は、君主に代わって政務を行う官職。日本では、聖徳太子以来、皇族が任ぜられた。皇族以外では、清和天皇幼少のため外戚の藤原良房が、これに任ぜられて後は、藤原氏が就任するようになった。
 院は、上皇・法皇・女院をさす。上皇は天皇譲位後の尊称。法皇は出家した上皇。女院は朝廷から院の称号を与えられた女性をいう。
 天子(天帝の子の意)は、天命を受けて人民を治める者、国の君主で、天皇、皇帝などがそれである。
 以上の四つの位を、天子を最高位として、高い順に位置づけると、院、摂政、征夷大将軍となる。これを法華・涅槃時の教えに配すると、天子が法華経本門、院が迹門、摂政が涅槃経、征夷大将軍が無量義経に当たるとされている。これらの配立は、第一章で示されているので、ここでは省略する。
 法華経・涅槃経等を、天子等の位にあてはめておられるのは、法華経は人の位でいえば、最高の天子であり、このことを誤っては、いくら法華経を論じたり読誦しても、何の功徳もない。まして、天子である法華経を臣下である爾前経の下に置くことなどは、重大な過ちであることを教えるために、これらの位になぞらえて示されたものと拝される。
 したがって、法華経を賛嘆しているようであっても、他の経と同列に扱ったり、その下に置いたりすることは、かえって法華経をけなしていることになる。
 法相の慈恩は法華玄賛で法華経について六部にわたって論じているが、これについて伝教大師は「法華経を讃すと雖(いえど)も還って法華の心を死(ころ)す」と破折している。これは、この道理によるのである。

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